日本のIT産業が崩壊の危機に瀕している。国内に大きな市場があり、従来型ビジネスに固執したことに起因する。90年代に急速に勢いで普及したインターネットやオープン化などへの対応が遅れたことに加えて、ITユーティリティ・コンピューティングに必要な仮想化や統合化、自律化などの研究開発に出遅れた結果、日本市場で大きなシェアを持つ大手ITベンダーの営業利益率は3%以下という経営状況になった。請負開発に依存した事業を続けるソフト会社も、不採算案件の多発などで苦しい状況から脱せられない。

 国内のIT需要が伸びなければ、経営環境はますます悪くなるばかりだが、世界のIT市場は着実な伸びを見せている。米IBMや米HP、米マイクロソフト、独SAPなどの業績を見れば明らかである。インドの大手IT企業も旺盛なIT需要に対応するため技術者を大幅に増員する。ウィプロは2010年に倍増の15万人超体制にするという。大手のタタ コンサルタンシー サービシズやインフォシス・テクノロジーズなど含めたインドの技術者はすでに130万人に達しており、2015年には302万人になると見られている(経済産業省)。中国も90万人から324万人になると予想されている。

 これに対して、日本の最大手であるNTTデータは約1万人(連結2万人強)。野村総合研究所など有力と言われているITサービス会社は3000人から5000人程度の規模で、日本全体のITサービス関連技術者はこの数年間、ほぼ横ばいの50万人超で推移している。最近は“3K職場”と揶揄され、就職を敬遠する優秀な学生が少なくないのは、魅力のない職場と見られているからだろう。技術者の眼に輝きがないし、技術力低下も囁かれている。

 ユーザー企業はこうした人材不足や技術力低下をIT産業固有の問題ととらえている。だが、自動車やデジタル家電などに象徴されるように、ITやソフトはあらゆる産業の基盤を支える技術になっており、競争の源泉となるITやソフトの技術力低下は各産業にボディブローのように効いてくるのは間違いない。社会インフラと化したITシステムにトラブルが発生すれば、その影響はますます大きくなる。

 あるITサービス会社の技術担当役員は、「産業界は、ソフトがどれだけ重要なのか分かっているのだろうか」と嘆く。誰もが「ITは重要だ」と認めているのに、その価値を正当に評価、理解しようとはしない。ユーザー企業は「金を出せば、あとはやってくれる」と、ただ値切るだけだったり、ITサービス会社の技術力などに無関心であったりする。ここにIT活用の最大の課題がある。危機感を抱いた経済団体などが高度IT人材育成に取り組むものの、そのペースは鈍い。

問われる技術力

 もちろん、IT業界側の対応にも問題がある。富士通やNEC、日立製作所、NTTデータの大手ITベンダーを頂点した多段階構造が1つだ。数千社の中堅・中小ソフト会社はいわば下請け的な存在になっている。だから、インド企業や中国企業が日本に進出してきても、彼らを単価の安い下請けとみる。

 しかし、インドや中国企業とグローバルで競争できるのだろうか。日本企業がグローバル展開する際に、IT面から本当に支援できる力を持つIT会社があるのだろうか。その一方で、インド企業を評価し始めたユーザー企業が出てきた。インド企業がマイクロソフトやSAP、オラクルをはじめとする多くの米ハード/ソフトベンダーの先端技術を知り尽くしていることや、欧米で実績を積んだグローバル・サービス・デリバリ・モデルを作り上げ、SAPなど各社のパッケージソフトをインテグレートする力を備えていることに気付き始めたのだ。

 大手ITサービス会社の技術責任者はインド企業の技術力の高さを認め、危機感を抱いていることをそっと打ち明ける。日本のIT産業が危機的な状況から脱するには、真のサービス会社に転換し、新しいIT産業を創出することだ。そのためには、共通の開発環境やツールを整備し遠隔地から利用できるようにする、M&A(企業の合併・買収)で規模拡大を図る、技術力に磨きをかける、自らグローバル展開をする、海外企業と協業する、技術力のあるITベンダーを育成・協業する、など様々な手立てがあるだろう。

 こうした日本のIT産業の現状をまとめた書籍」『IT産業崩壊の危機』(日経BP社)を12月3日に発行した。約2年間にわたり連載した「針路IT」などに加筆・修正したもので、富士通やNEC、日立、そして大手ITサービス会社がこの現実をどう認識し、どう立ち向かおうとしているのかを描いた。

IT産業崩壊の危機

※)なお、本コラムは日経コンピュータ07年10月1日号「田中克己の眼」に加筆・修正したものです。