9月28日号で紹介した英訳しにくい日本語の中で,「“目からうろこが落ちる”は聖書に由来しているので,辞書に直訳がでてくるのは当たり前」というコメントを頂きました。でも,欧米人だからと言って必ずしもキリスト教徒とは限りませんし,カトリック教徒が新約聖書をどこまで勉強しているかは,信者でない私にはわかりません。聖書が出典であれば直訳でOKと,必ずしも言い切れないというのが,「国際共通語としての英語」を日常の仕事に使っている私自身の実感です。

 日本語で「~を湯水のように使う」と言えば,「(無尽蔵なリソースである)湯水を使うが如く,消費量を気にせずにどんどん使う」という意味ですが,水が貴重品の島国や砂漠国では「水=無尽蔵なリソース」という比喩はおそらく通用しないですよね。

 ホリエモン騒動で話題になった「(人の家に)土足であがるような行為」という表現も,日本のような特定の文化を背景に持つ国で通用するものであり,土足が当たり前の国では解説が必要になるでしょう。少なくともアメリカでは土がついたままの汚い足どころか,靴を履いたまま家の中へ入ります。「上履き」「下履き」という概念も一般化されていないのです。オフィスでも,靴を履いたままの足を机の上にのせて──という場面には,日本育ちの私には大いに抵抗があるのです。

和訳しにくい英語もいろいろある

 さて,適訳が見つからずに困ってしまう英語がいくつかあります。読者の皆さんのお知恵を拝借できないでしょうか?カタカナ語にしてしまえば簡単に解決がつく表現ばかりなのですが,言葉の持つニュアンスがちゃんと通じているかどうか,会議通訳としては気になります。

・Commodity
商品,産物,生活必需品,日用品,必需品,物資,有用品,消耗品,有価品,有益品

 (1)商品取引所の取引対象商品。「主に一次(農鉱業)産品で換金可能な価値のあるもの」という意味がわかると,商品,有価品,有益品という訳が納得できます。

 (2)ITの分野では,commoditized(消耗品化された)という表現も見かけます。この場合のコモディティは,付加価値の無い,差別化されていない製品という意味合いが強いです。Commoditizedは商品化という訳が定訳ですが,「商品化できた」というよりは「(付加価値がつけられなくなり)コモディティ化してしまった」というネガティブなニュアンスで使われることが多いです。様々なメーカーが販売している,どこからでも買える,(=すなわち付加価値性が無い)という意味でも使います。

 (3)消耗品という日本語はconsumableが定訳で,プリンターのインクカートリッジのような商品が代表例。日本語では同じ消耗品でも,commodityとconsumableは上手に使い分けましょう。

・Orchestrate
~を指揮する,~を調整する,~を画策する,~を組織する

 これだけ訳語が並ぶと,「定訳」が無く,文脈によって訳語を使い分ける必要があることがわかりますよね。今までcoordinateを使っていた場面でorchestrateを使うのが最近は流行しているのかなと感じます。「~を指揮する」と訳すのが無難だとは思いますが,日本語の「指揮する」を聞いてleadやcommandという縦型指令系統をイメージしてしまうことがあるかもしれません。

 Orchestrateは,まさにオーケストラの指揮者の役割を果たすが如く,部署や組織間の水平方向的調整を行って,各々の長所を生かしながら統合化した結果を出すという意味があります。こんなニュアンスを含んだ日本語はないでしょうか?

・Discipline
規律,躾,懲罰,鍛錬する,しつける,規律を守らせる

 名詞の場合は,規律(組織)や躾(個人)と訳せますね。それを動詞化すれば,しつけるとか規律を守らせるという意味になります。IT分野では以下のような使い方をします。

(1)You need discipline to develop high-quality software.

(2)This steering committee is consisted of multi-disciplinary representatives.

 (1)のdisciplineは,まじめにコツコツと,各部に細心の注意を払いながらやるという意味ですよね。自己統制という訳語もあります。統制(governance)との共通点も感じられます。訳例としては「高品質のソフト開発には~が必要です」ですが,「~」の部分に当てはめる適訳は何でしょうか?

 (2)のdisciplineは部署のこと。日本語のファンクションに相当します。Cross-disciplinary(部署を跨いだ,組織横断的な)という表現もよく使われます。訳例としては,「この運営委員会は様々な部署の代表者で構成されています」でしょうか。文脈によって,言いえて妙という訳語を見つけるのはなかなか難しいですね。

<今週のクイズ>
日本のオフィスでよく聞かれる退社時のやり取りは「お先に」「お疲れ様」。最近では,電話でも「もしもし,グレースですが。お疲れ様です」で会話が始まることが多くなったような気がします。そこで今回は,退社時に使う「お疲れ様」の英語表現を考えてみて下さい。