10月25日午後,有明ワシントンホテルで「ワイヤレス中心で考えるNGNと企業ネットワーク」という講演をした。広くてきれいな会場は満席で,とても気持ちよく話すことが出来た。主催者が2台のビデオカメラを使って講演を記録し,DVDにしてくれた。きれいな映像でスピーカー(筆者)とスライド,遠近をうまく切り替えながら撮影・編集している。これなら臨場感を持って聴き,理解してもらえるだろう。とても仕上がりがいいので嬉しくなった。

図1●「間違いだらけのネットワーク作り連載500回突破記念パーティ」の記念写真
図1●「間違いだらけのネットワーク作り連載500回突破記念パーティ」の記念写真
[画像のクリックで拡大表示]
 講演の後は銀座のホテルで「間違いだらけのネットワーク作り連載500回突破記念パーティ」を開いた。筆者のホームページに毎週土曜日に連載しているコラムが500回,つまり10年を超えたのを記念したパーティだ。情報化研究会のコア・メンバーである,独立行政法人情報通信研究機構(NICT)理事の稲田修一さん,CSKホールディングス代表取締役の有賀貞一さんはじめ30名ほどが集まってくれた。

 今回はこのパーティで筆者がスピーチの題材にした有賀さんのエピソードと,10月末におとずれた奈良東大寺で出会ったガイドさんを取り上げて「好きでしょうがない」パワーを持とう,という話を書きたい。

IT雑誌2000冊を保存

 有賀さんのエピソードは日経コンピュータ9月17日号の最終ページに書かれた「有賀貞一の視点」というコラムで読んだものだ。有賀さんの自宅には40年前から保存しているIT関係の雑誌が約2000冊もあるという。このことを人に話すと感心するが,ほとんどの人が「何でそんなにとっておくのですか? 変化の激しいコンピュータの世界にあって,昔の雑誌など役に立たないでしょう」と聞いてくるそうだ。有賀さんの答えはこうだ。「コンピュータやシステムに関することが好きでしょうがないから,とってあるのです」。

 有賀さんは40年以上前の学生時代にコンピュータに出会い,これほど面白いものはないと思ったそうだ。一橋大学という理科系学部のない大学なのにコンピュータ・クラブで自習し,会社もコンピュータの仕事が出来る野村電子計算センター(88年に野村総研と合併)に入社した。20代で情報処理技術者試験の試験委員になり,30年近くその任にあたられた。もちろん実業でも金融分野や公共分野で大きな業績を残している。 

 4年前には「2007年問題」という言葉を作って話題になったが,有賀さんを知る我々は「なんだ,有賀さんが還暦になる年じゃないか」と思っていた。とにかく,いつも面白いアイデアを出して業界を盛り上げようとされている。この数年は情報処理技術者試験の改革をはじめ,IT業界の人材育成と産業としての近代化に情熱を注いでおられる。

 日経コンピュータのコラムで「コンピュータやシステムに関することが好きでしょうがない」という言葉を見つけたとき,これが40年におよぶ有賀さんの活躍のパワーの源なのだと確信した。「好きでしょうがない」パワーだ。

「耳の長さは2.8メートル,鼻も高くて50センチ!」

 パーティの2日後の土曜日,正倉院展が見たいと言う嫁さんを連れて奈良へ行った。そこで有賀さんと同じくらいパワーのある人に出会った。東大寺で会ったガイドさんだ。奈良に着いてとりあえず東大寺へ行こうとJR奈良駅から三条通をまっすぐ興福寺や東大寺の方へ歩いていった。

 興福寺で阿修羅像の憂いを含んだ美しい顔に見入ったあと,東大寺へ向かった。南大門にさしかかると高校生の修学旅行の一団がいて,「6組のみんなー! 南大門の高さは24メートル,21メートルの柱18本で支えているんだよー」と元気なガイドさんの声が聞こえた。よく通る声で,なんだかとても楽しそうに話すので一瞬のうちに引き込まれてしまった。よし,6組のみんなについて行って,修学旅行生になってやれ,とずうずうしくも集団の前の方に陣取ってついていった。さすがに正面では気が引けるので左端にいることにした。若いと思っていたガイドさんは,近くで見ると50代半ばくらい。明らかに筆者より年上だ。声の若さと元気にあらためて驚いた。

 南大門から参道を通って大仏殿に入る。女子高生たちが口々に,「キャー,マジすごーい!」とか,「鎌倉の大仏さんより大きーい!」などと言ってはしゃいでいる。今どきの女子高生もカワイイものだ。鎌倉の大仏さんの名誉のために書いておくと,奈良の大仏さんは高さ14.7メートル,鎌倉の大仏さんは12.4メートルで同じくらいの大きさだ。奈良の大仏さんは建物に入っているぶん,大きく見えるのだろう。

 大仏さんの解説をするガイドさんはさらに名調子になる。「大仏さん,顔が大きいねー。耳の長さは2.8メートル,鼻も高くて50センチ!」。本当はもっと長せりふなのだが,立て板に水なので覚えきれない。まるで寅さんのタンカ売のように,リズムがあって小気味いい。大仏さんの右に座っておられる如意輪観音菩薩像の前ではまじめな口調になって,「この仏様は商売繁盛のご利益があるんだよ。みんな,人間まじめに働いていればお金はどんどん入ってくるんだよ」。解説に説教が入ってきたが,一生懸命なガイドぶりなので,ぜんぜん嫌味がない。白い運動靴をはいて,軽やかに歩いていくガイドさんにもっとついて行きたかったのだが,大仏さんの顔をもう一度じっくり拝みたかったのでそこで別れることにした。

 このガイドさんを見て思ったのは,ガイドという仕事が好きで好きでしょうがないのだな,ということだ。でないとあんなに楽しそうで生き生きしたガイドが出来るはずがない。「ガイドをしているときが私は一番幸せなんだ」と顔に書いてあるように感じた。有賀さんと仕事はまったく違っていても,やはり好きでしょうがないパワーを持った「プロ」なのだ。

“Next”から“New”へ進化するネットワーク

 かく言う筆者も実はネットワークの仕事が好きでしょうがないのだ。だから,四六時中ネットワークのことを考えているし,ネットワークの提案やコンサルをしたり,講演したり原稿を書くことが楽しくてしょうがない。

 どうしてネットワークの仕事が好きになったのか,考え方や取り組み方がどう変わってきたかは拙著,「ネットワークエンジニアの心得帳」に詳しく書いたのでここには書かない。ここ数年,筆者が思っているのはネットワーク業界全体を少しでも面白くしたいということだ。もとより,有賀さんや稲田さんほどの影響力はないのだが,「ルータレス・ネットワーク」,「東京ガス・IP電話」,「ネットワーク・リストラ」,そして,「ワイヤレス・ネットワーク」と,自分のアイデアをどんどん外へぶつけて,一人でも多くの人に共感してもらい,結果として業界が少しでも楽しくなればいいと思っている。

 そんな筆者にとって,25日のパーティで稲田さんが講演してくれた,New Generation Networkの話はとても嬉しい内容だった。NGN(Next Generation Network)は2010年頃の完成を目指し,電話・携帯・データ通信のオールIP化とインターネットにないQoSやセキュリティの保証を実現しようとしている。対してNew Generation Network(NewGN)は2015年頃の実用化を目指し,IPのスピードや端末数,セキュリティの限界を非IP技術で打破するネットワークだ(図1)。

図のタイトル
図1●New Generation Network(新世代ネットワーク)へのロードマップ
独立行政法人情報通信研究機構理事の稲田修一氏の講演資料から。

 たとえばNGNのスピードはペタビット(ギガビット×1000=テラビット,テラビット×1000=ペタビット)以下であるのに対し,NewGNはペタビット以上。端末数はNGNが100億以下なのに対し,NewGNは1000億以上。あらゆるものがネットにつながるユビキタスに対応できる。さらにIPではどうしようもない,SPAMやDoS攻撃をアドレス追跡によって制御することも可能になる。NewGNは欧米ですでに開発が進んでおり,日本では総務省とNICTが中心になり,キャリアやベンダーが参加して研究開発が進められている。

 NewGNの何が嬉しいのか? ネットワークがNGNで止まらず,さらに進化を続ける,変化し続けることが嬉しいのだ。進化が止まれば,ネットワークの世界はつまらなくなる。稲田さんの話で,さらなるネットワークの進化が見えてきた。進化があれば,それを先取りした面白い活用アイデアもいろいろ考えることが出来る。

伊豫国温泉郡

 正倉院展の目玉はろうけつ染めの鹿のカベ飾りや絢爛豪華な金をあしらった漆(うるし)細工の香台だった。しかし,筆者が心を動かされたのは変哲もない古文書だ。当時の政府が東大寺に出したもので,東大寺の領地(支配する戸数)を増やすことを伝えている。1300年前のものとは思えないきれいな紙に,活字のように読みやすい楷書で書かれた文書だ。その中に,伊豫国(いよのくに,今の愛媛県)温泉郡という地名を見つけたのだ。

 温泉郡は私の出身地である愛媛につい2~3年前まであった地名だ。残念なことに市町村合併で「温泉郡」は消えてしまった。温泉郡という地名が1300年続いているということを地元の子供たちが知ったら,故郷がそんなに長い間守られてきた土地だということに誇りを持ち,自分たちもそれを大事にしようと考えるだろうに。もったいないことをしたものだ。