グループウエア「サイボウズ Office」のバージョン2,バージョン3,バージョン4とリリースするごとに,サイボウズの業績は伸びていきました。スタートしたときは3人だった社員数も,10人,20人と増えていきました。事務所には,毎日ご注文のメールやFAXが届いていました。上場の話もちらほら出始めました。

 このように書きますと,さぞかし社内は明るい雰囲気だったと思われるかも知れません。しかしながら,実態は逆でした。殺伐とした雰囲気の中で業務は進んでいました。なぜでしょうか?

 ソフトを買っていただくお客様が増えると,それに比例するように問い合わせの数が増えます。新バージョンがリリースされたときは,数カ月で2倍以上になることもありました。すると,サポート部のメンバーも2倍以上に増やさなければ,お返事を返しきれないのです。

 もちろん人材採用は積極的に進めていました。しかし,採用した後には教育が必要です。製品知識を身につけ,日本語の文章力を上げ,お客様にメールを返せるようになるには,数カ月の時間が必要です。そして,熟練したメンバーが教育担当として新メンバーに教える必要があります。新しい人を採用しないと業務が回らない,しかし,採用するともっと回らなくなる。そのような悪循環の中,とにかく精神力で乗り切ろうと頑張っていました。

 当然ながら,メンバーの気持ちに余裕はありません。ちょっとした言葉遣いや態度にもイライラし,たびたび口げんかが起こっていました。私は双方の話を聞いてなだめるのが仕事になっていきました。

急成長に業務が追いつかず

 ある日,FAXの横に,FAX用紙が数センチもの厚さで積み重なっていました。紙を見てみると,お客様からの注文書です。受注担当のメンバーに聞いてみると,バージョンアップの申し込みだと言います。どうして処理しないのかと尋ねてみたら,「バージョンアップは後回しです。バージョンアップを申し込むお客様は,とりあえず今はソフトが使えています。バージョンアップではなく新規にご注文をいただいたお客様は,早くライセンスを送らないと試用期限が切れてしまうので,そちらを優先しているのです」という答えが返ってきました。私は愕然(がくぜん)としました。ご注文をいただいても,ライセンスを送ることすらできないのです。

 そのような状況で,社内では「新しくソフトをリリースするべきではない」という意見が上がっていました。新製品を出したら,注文が増える。問い合わせが増える。それに対応できないのであれば,ソフトをリリースするべきではないというのです。もちろん,経営者としては,「今が勝負時。このチャンスを逃してはならない」というつもりでおりますから,現場の意見に耳を傾けながらも,なんとか新製品を出し続けようと計画を立て,そして,さらに社内は疲弊していきました。

 急成長している企業を外から見ると,さぞかし楽しく働いているだろうと思ったり,うらやましく感じたりするものです。しかし,中から見ると,そうとは限りません。人材教育やルールの整備には時間がかかります。従業員は怒りとあきらめの中,目の下にクマを作って働いているかもしれないのです。こうした経験から,企業には適切な成長速度があり,それ以上でもそれ以下でも,従業員は楽しく働くことはできないと思うに至ったのです。