東京商工会議所企業経営委員会が,低成長・低価格時代に中小企業が高付加価値経営を実現するための道しるべとなる小冊子を作りました。私も委員会メンバーの一員として,討議と執筆に参加させていただきました。

 その題名は「限定してストーリーを語ろう~中小企業のための限定品マーケティング」です。B5版でわずか36ページの小冊子(税込300円)ですが,「限定品」「ストーリー性」「こだわり」「IT」の4つのキーワードを軸に,限定商品・サービス開発と情報発信の心得が分かりやすくまとめられています。中小企業9社の事例と,自社の「限定性」と「ストーリー性」を用紙1枚で客観的に自己分析・評価できるシートも盛込まれています。

 一見すると,中小企業のための,しかもマーケティング「限定」の小冊子に見えるかもしれません。しかし,その内容は「大企業のブログを通じた広報やブランディング」にも役立つと確信しています。

東商企業経営委員会の有志が中小企業のために制作

 この小冊子制作のために,1年ほど前に11人の有志が専門委員会に招集されました。大学教授,シンクタンクのコンサルタント,百貨店の購買総責任者,アパレルのブランドマネージャーから,著名老舗中華料理店経営者まで,およそ日頃は接点がなさそうなリーダーが集まったのです。委員会メンバーは以下の通りです。

東京商工会議所 企業経営委員会 マーケティング専門委員会
<座長>
小林憲一郎 流通経済大学 大学院物流情報学科研究科 教授

<委員>
石原 亮治 株式会社高島屋 執行役員 営業企画部長
市瀬 優子 美和商事株式会社 代表取締役
今村 秀一 株式会社オンワード樫山 レディス第一事業本部 商品部長
久米 信行 久米繊維工業株式会社 代表取締役
澤野 啓  株式会社日本廣告社 メディアプランニング部
杉本 伸夫 日本システムウエア株式会社ストリーミング事業部副事業部長
鈴木 正明 国民生活金融公庫総合研究所主任研究員
西川 喜紀 三機工業株式会社業務本部経営企画副部長
水越 健晴 株式会社フォーバル グループ経営戦略本部副本部長
村瀬 哲夫 SMK株式会社 顧問

高付加価値経営と4つのキーワード「ITも重要」

 毎回の会議では,各社のブランディングやマーケティング戦略と合わせて,各委員の知見や経験がプレゼンテーションされました。そして数回にわたる討議を重ねた上で「中小企業は限定してストーリーを語ろう」というメッセージが浮かび上がってきたのです。

 残念ながら,中小企業は「大量生産大量販売のマスマーケティングモデル」においては,国内の大企業はもちろん,中国を中心とした低価格製販企業にかなうはずがありません。それ裏返せば,中小企業では生産能力にも販売能力にも限りがあるので「量を追う必要」はなく「少量高付加価値製販」の戦略を採ることができるのです。

 例えば,OEM(相手先ブランドによる生産)で損益トントンの企業が,現在の売上に1割の「自社ブランドの高付加価値商品」の売上を上乗せするだけで,いきなり経営状態が改善され優良企業に変わる可能性があるのです。

 こうした高付加価値商品のブランディングと,そのマーケティングに必要な4つのキーワード「限定品」「ストーリー性」「こだわり」「IT」を軸にして,読みやすい小冊子にまとめられました。

大企業も商品ピラミッドの頂点にふさわしい神話が必要

 ひょっとすると,大企業の方には「関係ない小冊子」に思えるかもしれません。企業経営委員会でも,大企業所属のメンバーからは「この戦略は量も追わなければならない大企業には役立たないのでは?」という意見も聞かれました。

 しかし,この小冊子を作るに当たって「最も参考になった事例とノウハウ」は,名門百貨店タカシマヤ「味百選」の販売戦略なのです。

 「味百選」は,全国の老舗や名店からタカシマヤが厳選した味を一堂に集めた企画販売です。最近は,都内近郊の隠れた名店や話題の店もラインナップされています。目が確かで舌の肥えた精鋭バイヤーが,栄えある「味百選」に選出するには厳しい基準があります。そうした数ある基準の中でも,中小企業にとって重要で参考になる項目が「限定品」「ストーリー性」「こだわり」だったのです。

 つまり,販売力のある百貨店であっても,魅力的な品ぞろえやブランディングのためには,今や「商品を限定して,ストーリーを熱く語る」ことが重要になっているのでしょう。

 また,トップブランド作りのための限定品マーケティングは,プレミアムゾーンやボリュームゾーン向け販売にも役立ちそうです。先日,ちょうど「ブランドピラミッドのお話」を,東京商工会議所墨田支部でブランド総合研究所代表の田中章雄先生から教えていただいたばかりです。

 例えば,天保五年創業の梅干の老舗紀州五代梅本舗の例が分かりやすいでしょう。同店の商品群=ブランドピラミッドの頂点に立つのは,一粒3150円の「紀州五代梅 心(化粧箱)」です。この超限定でストーリー性に富んだ商品があるからこそ,他のプレミアム商品も決して高くは感じられず,むしろありがたみが増して売れるのだそうです。

 まずは,ピラミッドの頂点に立つ商品で神話を創り,マスメディアやソーシャルメディア(ブロガーなど)の関心を集めます。その結果,ピラミッドの7~8合目にある高付加価値のプレミアムゾーンの商品が人気を集めます。プレミアム商品の売上は全体の2割かもしれませんが利益は全体の8割を稼ぎだす可能性もある,と田中先生は指摘しました。もちろん,ボリュームゾーンのマス向け商品の売上にもプラスにこそなれマイナスになることはないでしょう。