企業のIT化について,最近疑問に思っていることがある。

 「ITは経営の質向上に活用されるべきである」と,まるでIT化による業務効率化は既に終わってしまったかのごとく,まことしやかに語られている。本当にそうだろうか。筆者には,どうも実態とかけ離れている気がしてならない。小企業はもちろん,中堅企業や大企業においても,効率化を終えて次の段階に進むべき状況にあるようにはとても思えない。実態や生産性の統計などを分析し,ハッキリさせておく必要がある。そうしないと,企業IT化の道を誤る。

 しばらくの間,業務効率化をはじめとするITが企業に与える影響について,具体的な事例や統計資料などを引用しながら,マクロ的な視点から考えてみることにする。

中小企業の業務効率化はまだまだ不十分

 年商10億円ほどの情報システムの工事業者A社は,仲間から評判を聞きつけてきたトップの意向でグループウエアを導入した。導入後は社内をメールが行き交うようになり,トップは「わが社もやっと先進企業の仲間入りをした」とご満悦だった。しかし会議時間も帳票も減らなければ,従業員の残業も減らない。業務のやり方が旧態依然としていたので,当然であった。

 年商200億円ほどの中堅産業機器メーカーB社は,エージェント(代理店)との間にオンライン・システムを構築した。しかし,受発注のやり取りや在庫問い合わせ,製品仕様のやり取りなどは期待どおりには機能しなかった。営業マンや設計者の意識がなかなか切り替わらず,業務プロセス改革が手付かずだったからだ。それというのも,エージェントに出入りする競合他社が,従来どおり身体を張った営業を展開していたからだ。例えば,競合他社の営業マンは,エージェントの倉庫に直接出向いて製品の整理整頓を買って出ていた。そうした状態で,B社の営業マンはオンライン・システムのやり取りだけでは安心できなかったのである。

 実態としては,特に小企業では業務効率化はまだまだ不十分。中堅・大企業でも企業全体,あるいは企業間の効率化,特にホワイトカラーの生産性向上に工夫の余地があるだろう。

セールストークに惑わされず,ユーザー企業は自分の実力を見極めよ

 こうした個別の実態がある一方で,ITが企業の生産性向上に必ずしも寄与していないことは,2000年以降の統計資料(「情報化白書2005」,「情報化白書2006」,いずれも日本情報処理開発協会編)にも表れている。

 情報化白書2005では「日本企業において一部の企業においてはITの効用を充分に引き出しているが,多くの企業は(…略…),全体として見るとITによる生産性に対する効果は限定的」とある。特に「情報技術を導入するも」「部分的なOA化に留まり」,「部門内効率化」しか実現していない企業は,全体の81%を占める(情報化白書2005)。企業内ネットワークを活用している企業はそうでない企業と比較して生産性は2.0%高いが,その一方で,企業間ネットワーク活用企業の場合は生産性に対する効果が出ていない(情報化白書2006)。

 日米間比較では,情報ネットワーク活用企業と非活用企業の生産性の差は,米国4.4%,日本2.0%。日本がITを生産性の向上に結びつける上で,格段に劣っていることが分かる。「わが国においては(…略…)ITを充分に活かしきれていないという仮説をサポートする結果である」(情報化白書2005)。米国では,定型業務の効率化からホワイトカラーの生産性向上を終えて,次のステージに進んでいると言われる。「日本企業はIT活用の面で周回後れだ」とも言われるゆえんである。

 また,IT関連部門(ITセクター)の生産性は上がっているが,ITを利用する部門(ITユーザーセクター)の生産性は低下している。IT投資ストック額が近年続けて上昇し,全資本ストック額に占めるIT資本ストックの構成比が,2004年には7.71%(2000年には5.48%)に達したにもかかわらず,である(情報化白書2006)。

 以上から,企業IT化と生産性向上の関係について,次のような事実を指摘できるだろう。

 まず,ITによる業務効率化を達成しているのは,部分的な業務あるいは部門内の業務に限定される。全社的業務や複数企業にまたがる業務,あるいはホワイトカラーの業務については,まだまだ生産性向上の余地がある。「ITを経営の質向上に活用する」という段階の企業は,ほんの一握りである。

 次に,全社的あるいは複数企業にまたがる業務の効率化を図るには,部門間はもちろん企業間の連携を必要とする。ITの高度利用という将来へのステップのためにも,部門間・企業間の連携による生産性向上に取り組み,連携を強化しておくことが喫緊の課題である。つまり全社的・企業間の連携による生産性向上が,いまだに企業IT化の主要テーマと言える。

 こうした企業の意識は,情報化白書2005における実態調査の結果からも窺(うかが)うことができる。

 戦略目標達成のためにIT活用が必要との認識は,大企業で約88%,中小企業で約70%が持っている。しかし,大企業で「ITを導入しているが活用できていない」とする企業が約40%,活用できていても「部門内での最適化にとどまっている」企業も約40%ある。中小企業では,「ITを導入しているが活用できていない」企業の比率が約60%と,さらに深刻になる。そして,欠品率の低下や直接コストの削減など,目に見える効率化をITで進める意識が高い。その一方で,商品の高付加価値化や営業提案力の向上など,高度なIT活用に向けた意識が低い。

 このことから,確かに「本質的な競争力の強化にITを活用する意識は低い」と言えよう。だが,その反面,目に見える効率化の余地がまだある,という意識があることをも意味する。

 さて,以上から次の結論が導き出されるだろう。

 企業へのIT導入の目的が,業務効率化の段階から高度な経営戦略実現の段階に入ったと断言することは,大勢として勇み足の感がある。個々の企業事情にもよるが,全社や企業間,あるいはホワイトカラーの業務効率化・生産性向上の余地はまだまだある。そこを仕上げてから,次の高度化ステップへ進むべきである。ITベンダーのセールストークに惑わされず,ユーザー企業はおのれの置かれた実態と実力を見極めるべきである。

 なお,残された業務効率化を仕上げるには,部門間や企業間の連携を図る必要がある。そのためには,情報化白書2005も指摘しているように,その阻害要因であるコスト高,人員・能力不足,リテラシー不足,意識の浸透不足,業務プロセスの調整/標準化の困難などを解決していかなければならない。

 これらのテーマについては,次回取り上げたい。