雑誌記事のテーマは、出版社から示していただける場合と、自分で提案する場合があります。これまで様々なテーマで書いてきましたが、1つだけ「テーマなし」という企画がありました。出版社の担当者さんから「矢沢さんが考えていることを、何でもいいですから自由に書いてください」と依頼されたのです。これには、困りました。毎回テーマを考えなければならないからです。

読者から見て、自分は何者なのだろう

 この記事は、現在も連載を続けています。『開発の現場』(翔泳社刊)という季刊誌に掲載されている「ソフトウエア芸人 矢沢久雄の現場」というタイトルの2ページの記事です。何でもいいと言われても、お金を払って雑誌を買ってくださる読者に喜んでいただける情報を提供しなければなりません。私の趣味は、音楽と料理ですが、それらをテーマに書いても面白い記事にはならないでしょう。素人なのですから。

 それでは、プロとして書けることは何か?私は、対外的に見て、自分が何者なのかを考えました。私には、3つの仕事があります。「開発者」「著者」そして「講師」です。雑誌の読者は、これらの中で、著者としての矢沢久雄を一番身近に感じてくれているでしょう。そこで、第1回と第2回は、著者としての考えを書くことにしました。ITproのこのコーナーのように特定の書籍や雑誌記事にまつわる話ではなく、「Webだけでなく、もっと書籍や雑誌も読んでください」といった内容です。

なかなか自分のことは書けませんでした

 第3回~第5回は、開発者および講師の立場で、記事を書きました。この先も、著者、開発者、講師、と順番にテーマを切り換えて行けばいい...と思っていたら、記事を読んでくれた知人から「さしさわりのないような話ばかりだけど、もっと自分の思っていることを自由に書いていいんじゃないか。矢沢さんの名前がタイトルになっている記事なんだから」とアドバイスをもらいました。確かに、そうかもしれません。思い切ってやってみましょうか。

 そこで「ITエンジニアの趣味と健康」というテーマで記事を書くことにしました。自分が楽しんでいる趣味や、ふだん健康に関して気をつけていることを紹介するつもりで。ところが、いざ記事を書き始めてみると、私の趣味や健康法を知って読者は楽しいのだろうか、という疑問がわいてきました。やっぱり、やめよう。私は、自分のことを書かずに、IT業界で出会った人たちの奇抜な趣味や健康法を紹介することにしました。この方が、読者に喜んでもらえるでしょう。

ネタ切れで、ついに自分自身をさらけ出す

 連載が2年目に入った頃には、いよいよネタが切れてきました。さしさわりのない話や、他人の話をするのも限界です。つまらないからです。自分でも「また、こんな話かよ!」と思ってしまいます。そんな記事を提供したら、読者に申し訳ありません。

 テーマを決めずに、自分の考えで自由に記事を書くというのは、本当に難しいものです。それに比べれば、テーマが絞られた技術解説記事は、何と気楽なものだったでしょう。技術情報を提供することで、読者に喜んでいただけるからです。自分の自由な考えを伝えて読者を喜ばせるのは、至難の業です(それを得意とする著者もいるかもしれませんが)。しかし、ネタ切れですから、いよいよ至難の業にチャレンジしなければなりません。

 何をテーマに、どんな切り口で書いたらいいでしょう?私は、自分の失敗談を書くことにしました。いわゆる自虐ネタというやつです。まず「あなたは上司に叱られたことがありますか」というテーマで、新入社員時代に毎日叱られていたことと、部下を持つようになってみると、まるきり叱り方が下手であるという話を書きました。次に「私は、なぜ英会話ができないのか」というテーマで、小学2年生から英語塾に行っていたのに、まるきり英会話ができないことを打ち明けました。TOEICが400点台であるため、ビジネスクラスで海外出張する夢が消えたという、とっておきの自虐ネタも紹介しました。最新の記事では「パッケージソフト顛末記」と題して、私が自分の会社(株式会社ヤザワ)で細々とやっているデータ解析パッケージが一向に売れない話をしました。

失敗談が提供する情報って何だろう

 いくつか失敗談を書いてみて、またまた悩んでしまいました。失敗談は、読者に有益な情報を提供できるのでしょうか。出版社の担当者さんに相談すると、「読者は、矢沢さんのことをスゴイ人だと思っていたが、自分と同じなんだと知って安心するでしょう」と言ってくれました。記事を最初に読んだ担当者さんがそう感じたのですから、たぶんOKなのでしょう。でもなぁ。自虐ネタというのは、ちょっと安易だったかなぁ。この次の記事では、また別の切り口にしてみよう...。こんな風に、私は、いつも悩んで書いているのです。ところで、この記事は、皆さんに有益な情報だったでしょうか。どうぞ遠慮なく、フィードバックに投票してください。