10月3日の夕刻,講演のため大手町へ行った。1カ月ほど前,突然聞いたこともない団体からNGNについて講演するよう依頼があったのだ。あまり気乗りがしなかったのだが,その団体のメンバーの中に懐かしい人の名前を見つけたので引き受けることにした。

 1993年,筆者は大手金融機関の仕事で大失敗をした。とても面白く,やりがいのある仕事で,うまく進んでもいたのだが「動かなかったコンピュータ」ならぬ「動かなかった○○交換機」というべきことがテスト中に起こるなど,いくつかの要因が重なってプロジェクトは中断した。まあ,もう時効だからその時のエピソードを詳細に書くと,とても興味深いコラムになるのだが,やはり書くわけにはいかない。

 まだプロジェクト・マネージャとしても営業マンとしても初心者マークを付けていた筆者は,「初心者マーク」を付けていることを忘れて数十億円規模のネットワークを作ろうとしていた。失敗の要因はいくつかある。しかし,最大の要因は自分が有頂天になり過ぎていたこと,その結果,お客様の気持ちが離れてしまったことだと思っている。交換機が動かなかったのはLSIのバグであり,有頂天とは関係ない。だが,交換機が動かなくてもお客様が離れていなければリカバリは出来るのだ。

 プロジェクトが中断になったことがとても悔しかったのはもちろんだが,それ以上に,親しみを感じ,尊敬すらしていたユーザーの方々と離れることが淋しかった。

 この経験から5年後,別の企業から同等規模のネットワークを受注したとき,やっと自分自身のリカバリが出来たな,と思った。大手町での講演を引き受けたのは,93年のプロジェクトに参加していた人が今はIT部門の責任者として名簿にのっていたからだ。14年ぶりの再会だった。

 さて,今回はApple社のiPod Touchを題材にこれからのワイヤレス・ネットワーク設計の考え方について述べたい。

iPod Touchのすばらしさと欠点

写真●iPod Touchに筆者のセミナー告知Webページを表示したところ
写真●iPod Touchに筆者のセミナー告知Webページを表示したところ
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 周知のとおり,iPod Touch(以下,Touch)はAppleのケータイ端末「iPhone」から電話機能をのぞいたものだ。iPhoneが1月に発表され,スティーブ・ジョブスのプレゼンテーション・ビデオをWebで見て,これはすごいユーザー・インタフェースだと思った。携帯がGSMという第二世代デジタルしかサポートしていないので日本では使えない。7月にアメリカ人が持っていたiPhoneを使わせてもらって,ケータイとして使えなくても無線LANでネットに接続できるなら買いたいと思った。なので,9月に日本でTouchの予約が始まると何も考えず申し込み,10月1日に手元に届いた。

 これまでドコモのM1000,ウィルコムのW-ZERO3と,PDAタイプのケータイを試してきたが,これらと比べて液晶が大きく,軽く,圧倒的に薄い。持ちにくいスタイラスペンで画面上の狭いポイントを指さなくても,指先で楽にタップできる。

 Webの画面を二本の指で押し広げるようにするとズームされ,指先ですいすいスクロールできる。細かな文字の画面もさっと拡大し,スクロールして楽に読むことが出来る。500枚近く保存した写真は画面を指ではじくようにすると,飛ぶようにスクロールできる。映画は1本,約800メガバイトで保存し,楽しむことが出来る。やはり,ワクワクするようなすごいユーザー・インタフェースだ。

 筆者は音楽や映画を楽しむよりも,GmailとWeb検索で使いたいのだが,そのためには無線LANでネットに接続せねばならない。 筆者に限らず,ケータイのユーザーは“いつでも,どこでも,快適なスピードで”Web検索やメールをしたいのだが,Touchではそれが無線LANの使えるところに限られるのが最大の欠点だ。

 無線LANはいまや至るところにあるのだが,そうやすやすとは使えない。セキュリティを高めるためにMAC認証している無線LANではネットワーク管理者にTouchのMACアドレスを登録してもらわねばならないし,家庭の無線LANはメーカー独自の自動設定ツールでSSIDや暗号キーが設定されていることが多く,それを確認してTouchに設定するのも面倒だ。無線LANのある場所ならすいすいネットに接続できるという訳ではないのだ。

高速化・定額化・多様化するワイヤレス

 Touchで“いつでも,どこでも,快適なスピードで”ネット利用することを実現するには,3Gと無線LANの両方が欲しい。筆者のノートPCにはイー・モバイルの定額3Gカードを挿しており,もともと無線LANも付いている。高速な無線LANが使える場所ではそれを使い,使えない場所では3Gカードを使う。イー・モバイルのカバーエリアはまだ広くはないが,筆者の行動範囲はほぼ完全にカバーされている。先の三つの条件がほぼ満たされるのだが,PCは重いのが欠点だ。

 ワイヤレスの世界はこれから,3.9G(スーパー3G),WiMAX,次世代PHS,4Gと,高速化・定額化・多様化が進み,アイデアしだいで効果的なアプリケーションやサービスが実現できるようになる。そこで重要なのは,いかにユーザーにとって使いやすい環境を提供するかだ。

 “いつでも,どこでも,快適なスピードで”を実現するのに,例えば3Gのみで実現するのがいいのか,それとも3GとWiFiあるいは3GとWiMAXなど2種類以上のワイヤレス・サービスを組み合わせて実現するのがいいのだろうか? 単一の方式で実現できればオペレータ(携帯通信事業者)も利用者もシンプルでいい。しかし,現実には単一方式だとスピードが物足りなかったり,コストが高くなることも考えられる。ユーザーが意識しなくても,利用する場所や環境に応じて複数の方式の中から最適な方式が自動的に選択され,シームレスに使える仕組みがベストかも知れない。

 2007年末には2.5GHz帯を使う次世代高速無線通信の免許が2社に与えられる予定だ。10月現在,WiMAXを使うドコモ,KDDI,ソフトバンクを中心とする3陣営と,次世代PHSを使うウィルコムが二つのイスを巡って争っている。免許発行から3年以内に,現在の3Gオペレータであるドコモ,KDDI,ソフトバンクのうち少なくとも1社(陣営)が3GとWiMAXの二つのサービスを始めることになる。

 「3Gは3Gで使いなさい。WiMAXもあるから勝手に使ってね」というサービスではなく,ユーザーにとってはどちらも「インターネット接続の手段」であることを意識したサービスの仕組みや料金システムを考えて欲しいものだ。たとえば,オペレータが同じであれば,同じ定額料金の中で3GでもWiMAXでもインターネット接続が使い放題になり,同じメール・サービスが使えるべきだ。

山手線でTouchをネット接続する

 ワイヤレスをどう活かしていくかはオペレータや機器ベンダーに任せておけば良いというものではない。ユーザーは高速化,多様化するワイヤレス・サービスの中から有効なものを選択し,オペレータには出来ない組み合わせ,つまりサービス・インテグレーションをすることで,様々な効果をあげることが出来るだろう。

 その一例が山手線車内でTouchをネットに接続して使う,というアイデアだ。山手線は筆者の思いつきだが,別に新幹線でも,バスでもかまわない。高速定額のワイヤレス・サービスとWiFiの組合せで簡単に実現できる。ただし,新しい「箱」が必要だ,と書くと頭の中で実現方法を描ける方は多いだろう。

 これからは光ファイバやイーサネットといった有線の世界より,ワイヤレスの世界の方が高速化と多様化という変化が激しい。変化が大きいほど,ユーザーのチャンスも大きくなる。これまで考えられなかったような使い方が可能になり,大きな効果を得ることが期待できるからだ。そのために大事なことは,言われてみれば「なあ~んだ」と言われるような簡単なアイデアを出し,それをスピーディに具現化することだ。変化は速い。アイデアは早く実現しないと,あっという間に陳腐化してしまう。

有明で会いましょう

 10月25日に有明で行う講演,「ワイヤレス中心で考えるNGNと企業ネットワーク---光ファイバ引きますか,それともワイヤレスにしますか?」では,「山手線車内でiPod Touchをネット接続できる」箱をお見せする予定だ。簡単なアイデアをすばやく具現化した実例だ。ただし,山手線云々は筆者の本筋の提案ではなく,おまけ的使い方だ。本筋の使い方は講演の中でご紹介したい。