システム構築プロジェクトの開始段階では,課題や要求を獲得する手段として,インタビューやヒアリングを使用するケースが多くあります。

 企業活動のシステム化に際しては,オーナーである経営層から,実際にシステム操作をする現場の担当者まで,多くのステークホルダーが存在します。経営層と現場担当者では,当然のことながら視点や価値観が異なるので,同じ質問をしても聞く相手によって様々な回答が返ってきます。

 例えば,現状の課題や新システムへの要望を質問した場合,経営者からは,「売上増加(3年後に年商120億にする)」とか「パート比率を上げることにより,人件費を削減したい」など,財務的な視点からの抽象度の高い要求が多くあげられます。一方,現場担当者からは,「在庫管理画面で他店の在庫を表示して欲しい」とか「××システムのレスポンスが遅いので速くしたい」など,自分の担当する業務に直結した具体的な機能要求があげられます。

 一見,何ら関係性がないように思えるこれらの要求ですが,目的と手段の連鎖で表現していくことで関係性を明らかにすることができます。「××システムのレスポンスが遅いので速くしたい」という要求も,さかのぼれば利益に貢献する手段の一つなのです。

 今回は,これらの様々なレベルの要求の構造を整理するのに役立つ「要求分析ツリー」(図1)についてご紹介します。

図1●要求分析ツリーのサンプル
図1●要求分析ツリーのサンプル
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要求分析ツリーとは?

 要求分析ツリーは,利益向上などの上位要求から具体的な機能要求までを,目的と手段の連鎖によって系統立てて整理したものです。これにより,要求の全体構造を俯瞰することができます。筆者が師と仰ぐ,要求開発アライアンスの山岸理事長が考案されました。

 図2を見てください。要求分析ツリーは,三つの部分で構成されています。向かって左側の課題を記載する「課題エリア」,中央の要求構造を記載する「要求エリア」,右側の解決策を記載する「解決エリア」の三つです。

図2●要求分析ツリーの構造
図2●要求分析ツリーの構造
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 プロジェクトによっては,発足時点で「課題」「要求」「解決案」が仮説的に与えられているケースがあります。また,明示的には与えられていなくても,実際のプロジェクトでは,何らかの課題が存在する場合がほとんどです。

 「課題エリア」には,その時点で顕在化している課題を記載します。課題を記載する際には,KJ法*1などを用いてグループ化し,代表的なものを5~8個程度記載してください。その際,「○○なので××できない」「○○なので××のリスクがある」などのように,問題と原因が明らかになるように表記します。

 「要求エリア」には,目的と手段の関係に注目し,要求をグラフ構造で表記します。このとき一つの手段が複数の目的に関連する場合には,複数の目的から手段への線を引きます。要求を記述する際は,論理の飛躍がないことと,上下のレベル間を揃えることに注意してください。

 実際に,複数の要求開発プロジェクトで要求分析ツリーの作成を行っていますが,要求の目的と手段の連鎖は,細かな要求を含んだケースでも12階層程度に収まっています。縦の幅については再現なく広がる傾向にあるので,該当プロジェクトの検討対象ではない部分は途中で分岐を止めるようにしてください。特に,具体的な手段を網羅的にあげていくとキリがありません。

 「要求エリア」の中は,大きく3つの視点(レベル)に分類することができます(図3)。1~4レベルには,財務的指標が目標となる経営トップの視点からの要求をおきます。続いて3~8レベルには,業務上の非財務指標が目標となる業務オペレーションの視点からの要求を記述します。7レベル以降は,具体的な機能要求など現場の視点による要求となります。

図3●要求の三つの視点
図3●要求の三つの視点
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 一般企業では,最上位の要求として「利益向上」をおき,利益向上を実現する手段として「売上増」「コスト削減」をおくケースが多く見受けられます。上位3~4レベルまでは,各社の経営戦略・事業戦略が反映される傾向にあります。

 ヒアリングにより獲得した具体的な要求は,目的(What?)をたどり,上位の枝につなげていきます。このように要求分析ツリーという地図を作成することで,各要求がどのように利益に貢献するかを数段論法的に表現することが可能になります。

 「解決エリア」には,すでに提示されている解決案と要求分析の過程で明らかになった解決策を記載します。具体的な機能要求をグループ化することで解決策を導くことができます。

 最後に,「課題」と「関連する要求」,「関連する要求」と「解決策」を線(関係線)で結べば完成です。

要求分析ツリーの効能

 要求分析ツリーを作成すると,「課題」「要求」「解決策」の関係がトレーサビリティをもって一望できるようになります。

 要求の全体構造が明らかになると同時に,様々なレベルの脈絡のない要求や,プロジェクトの進行中に突発的に発生する要求も,このツリーにあてはめることで,その要求のレベルが,全体の中でどこに位置付けられるのかを確認できます。

 また,ターゲットとなる戦略や重点ポイントは,関係線の集中度が高くなるので,重要度が一目でわかります(枝ぶりとなって現れます)。

 Openthologyでは,「プロジェクトゴール記述書」(図4)により,プロジェクトゴールの設定を行うことを推奨しています。このゴール設定の際に,要求分析ツリーの4~10レベルを使用すると,因果関係が明確な目標設定が可能になります(プロジェクトゴール記述書のフォーマットは,要求開発アライアンスのホームページからダウンロードできます)。

図4●プロジェクトゴール記述書サンプル
図4●プロジェクトゴール記述書サンプル
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 もう一つ,要求分析ツリーを作成する作業を通じて,プロジェクト・メンバーは,今回のプロジェクトの本来の目的や全体像を把握し,共通認識を確立することができます。そのため,プロジェクト・メーキングの段階で要求分析ツリーを作成することを推奨しています。

 このように,要求分析ツリーは使い方次第で,いろいろな場面で効力を発揮します。最短では,半日程度で作成することが可能なので,あいまいな要求を整理する必要が生じた折には,ぜひご活用ください。

*1 文化人類学者の川喜田二郎氏が考案した問題解決の技法の一つ。彼のイニシャルを取ってKJ法と呼んでいる。無秩序な定性データを,カードなどの小さい紙片に一つずつ書き,これらの関係性を探りグループに分類,相関関係を分析する手法。

(上山 和子=要求開発アライアンス)