「部下に仕事を任せる」,これはSEマネジャにとって極めて重要なことである。およそマネジャというものは,SEマネジャに限らず部下とのスタンスのとり方で大きく2つのタイプに分かれる。

「部下に任せない」,「任せる」,どちらが望ましいか

 一つは「部下に任せない,任せられない」タイプ,もう一つは「部下に任せ,部下を通じて仕事をする」タイプである。前者は部下に「それではダメだ。あぁやれ,こうやれ」などとといちいち仕事のやり方を指示したり仕事の状況をチェックしたりするタイプ。後者はそれとは逆に仕事は基本的に部下に任せて,何かあったら自分が出てゆくタイプと言えよう。程度の差はもちろんある。きっと読者の周りのSEマネジャも大体この2つのタイプに分かれると思う。

 なおSEマネジャの中には,「マネジャとは名ばかりで部下を放ったらかし」の3番目のタイプの人がいるかもしれないが,そんな人はここでは論外としたい。部下に任せる任せない以前の問題である。

 では,2つタイプのどちらがSEマネジャとして望ましいのだろうか。今回はそれについて問題提起を含め筆者の考えを述べる。SEマネジャの方々の参考になれば幸いである。

技術の細かいレベルまで把握するのは不可能

 SEマネジャに「仕事は部下に任せるのが良いか否か?」と質問すると,中には「上司が部下に『あぁやれ,こうやれ』と指示するのは当たり前ではないか」という人もいるかもしれないが,ほとんどの人は「部下に任せた方が良い」と答えると思う。

 だが現実のIT業界を見ると,部下の仕事状況をいちいちチェックしたり,仕事のやり方を細かく指示するタイプのSEマネジャが結構いる。きっと彼らは「部下が間違いなくやってるか心配だ。もし,間違えると顧客に迷惑をかける。ビジネスにも影響する。だから俺がやらなければ…」と考えているものと思う。

 だが,筆者はそんなタイプのSEマネジャには「部下の仕事の細かい点まで陣頭指揮しているのは立派だ。ミスがないようにと部下の仕事をチェックする気持も分かる,指示する気持も分かる。だが,それでSEマネジャの職務であるビジネス目標の達成と部下の育成ができるのだろうか」と言いたい。なぜなら,筆者はそんなやり方に次のような疑問を感じているからだ。

IT技術力が通用するのはせいぜい2~3年

 まず最初に,SEマネジャは,マネージメントをしながら部下にいちいち的確な指示ができるだけのIT技術力があるのだろうか?という疑問だ。

 SEマネジャが部下に「あぁだ,こうだ」と指示をするには,顧客やビジネスの状況はもちろん,OSやDBや言語やネットワークやERP,ソフトパッケージなどを相当理解していなければならない。いい加減な知識で部下に間違った指示をしたら,顧客との関係やビジネスに悪影響を及ぼすからだ。

 だが筆者の経験では,部下ひとりひとりがかかわっている製品やシステムのスキルを,概要レベルはともかく細い所までSEマネジャが身に付けるのは不可能に近い。

 仮に,部下の中にERPにかかわってるSE,OSにかかわっているSE,ネットワークにかかわっているSE,Java,UNIX,WindowsなどにかかわってるSEなどがいたとする。果たしてそこのSEマネジャが,それらのすべての製品について,部下に的確な指示ができるだけのIT技術力を持っているのだろうか。よしんばSEマネジャになりたての頃はある程度分ったとしても,それらのバージョンが変ったりすると細かいことが分らなくなるものだ。SEマネジャになってから出た新製品について言うまでもあるまい。

 いずれにしても自分のIT技術力が通用するのはせいぜい長くて2~3年くらいなものだ。メインフレームは分ってもオープン系は概要程度しか分らないSEマネジャはどこにでもいる。そのことを見ても明らかだ。

 なおSEマネジャの中には,自分は良く分らないのに知ったかぶりして「これはこうだ」などと言う人がいるが,言われたSEこそ良い迷惑である。これはある意味では“技術屋の性(さが)”なのかも知れないが,それではダメだ。

 いずれにしてもSEマネジャが持つIT技術力には,残念ながら限界があると言うことだ。

すべての顧客やプロジェクトを細部まで把握できない

 2番目は,顧客やプロジェクトが2件や3件ならともかく,5件,6件…となった時に,SEマネジャが部下にいちいち細かい所まで的確に指示することができるのだろうか,という疑問だ。

 言うまでもないがSEマネジャは神様でない。筆者の経験ではその答えはNOである。

マネジャの口出しは部下のやる気をそぐ

 3番目は,SEマネジャが部下の仕事にいちいち口を出すと部下のやる気をそがないか,という疑問だ。

 SEは知識労働者だ。経営学者ピーター・ドラッカーは,知識労働者がやる気を出す条件として重要なことは「責任を与えられ自己実現できることである」と言っている。すなわちSEという人種は,信用されて任された方が,やる気も起こり,責任感も増し,自分で勉強して頑張り,そして成長する。

 逆に,上司や他人にいちいち口を出されると,やる気も萎え自己努力もいい加減になる。読者の方々にもきっとそんな経験がある筈だ。筆者もSE時代にそんな経験がある。「もっとおれを信用しろよ。俺は俺の考えでやっているんだ」と腹の中で思ったものだ。

 いずれにしても上司がいちいち指示するのは,部下のやる気の高揚や成長・育成という点ではマイナスだ。

部下が困ったときに助けられる力をつけよ

 以上筆者が感じている3つの疑問点を述べた。SE経験者なら,おそらくほとんどの方が異論はないと思う。

 SEマネジャが張り切っていちいち部下に指示したりチェックしたりしてみても,そこには自ずと限界がある。筆者流に言わせれば,そんなSEマネジャは単に自分が分っているシステムや製品,自分ができる範囲の顧客やプロジェクトで頑張っているだけだ。その他は放ったらかしだ。ある意味では自己満足とも言えよう。それでは放っておかれた顧客やSEは可哀相である。

 従って筆者は,SEマネジャの部下に対する基本的なスタンスは,いちいち部下をチェックしたり細かく指示する「任せない,任せられないタイプ」ではなく,部下に任せて何かあったら助言したり自分が出てゆく「任せるタイプ」であるべきだと言いたい。

 そして,SEマネジャは,いちいち部下の仕事に口をだすより安心して任せられる部下の育成にもっと情熱を傾け,自分自身は,部下ときちっと会話ができるIT力は必要だが,もっともっと大局的なもの見方や,SEがチームで仕事をするやり方とか,ピンチの時の動員力や顧客との交渉力などを身につけ,部下が困ったときに助けることができる力を持つべきである。

 いずれにしてもSEマネジャは「SEに任せる」,「何かあったら自分が助ける」,「部下を通じて仕事をする」やり方が王道だろう。読者の皆さんの意見はどうだろうか。

「任せるリスク」を軽減する手を打っておく

 かく言う筆者も,実はSEマネジャになりたての頃,例えば部下がテストをしているのを見て「遅い,もっと早く」などと思いつい手を出していた。そしていつも反省したものだった。

 そして,心の中では「自分がいちいち手や口をだしていたのでは部下が育たない。突き離すことも必要だ。と言っても部下にそれだけの力がない。とは言え手を出して良いのか」と葛藤もした。口を出したいという気持ちと我慢との闘いだった。それを通じて,部下に仕事を任せられる度量と,部下の成長を辛抱強く待つ度量の重要さを学んだ。また,SEマネジャがしゃしゃりでれば部下の成長の機会を奪うことも知った。

 しかし,部下に任せるといっても下手をすれば顧客関係やビジネスに影響する。そう簡単にリスクはとれない。筆者はそのために(1)お客様のキーマンに「私も部下を育てる義務がある。協力してほしい。何かあったら連絡くれ」と頼んだり,(2)何かあったら周りのSEが支援する様なチームワークを促進したり,本社の支援部門に顔を売ったりした。(3)また独りで顧客訪問して,問題はないか状況を把握するなど,色々と手を打った。

 いずれにしても,部下を信用し,部下に仕事を任せてリスクをとればSEは育つ。これが今日の一言である。それができないSEマネジャは二流だ。