脳内でニューロンの網の目が急激に密になっていく10代は,大混乱のカオス状態。その混沌を経て,脳の神経細胞をつなぐ回路が整理されて,知性が発達してきます。

 頻繁に使う安定した回路のみを残す“剪定(せんてい)”のプロセスは脳にとってきわめて大事で,これがうまくいかないと精神障害を引き起こしたりするそうです。また,当然のことながら,剪定が起こっている期間をどのように過ごすかが,その後の脳の機能に重大な影響を及ぼします。

 現代の10代の脳と,100年前の10代の脳はそれほど変わっていないはずです。しかし,音や光といった自然界から直接受け取る情報は減って,人工的で観念的な情報が格段に増えました。それが脳にどんな影響を及ぼしているのかはわかりません。ただ,10代の時期に見たり聞いたり触ったりするものに対して,私たち大人はもっと注意深くならねばなりません。

 間違いなく,今世紀は脳科学の世紀です。哲学や宗教や文学の領域からだけでなく,“心”が科学的にもアプローチされる時代です。脳科学は,個々のシナプスや脳の部分の研究から,複雑にからみ合って部分に分解できない脳内ネットワークの探求に進んでいきます。デカルト以来の西洋科学の基盤である要素還元的アプローチでは,部分に分解できない全体を解明することは不可能だからです。

 そこで現れたのが,カオス,フラクタル,創発のような複雑系です。今後,脳の研究と複雑系の研究は,共同歩調をとっていくようです。ただし,心の謎が解明されたからといって,幸せになるわけではないでしょう。心をコントロールすることも自由にはならないでしょう。脳は,不確実性や遇有性に満ちた,わからない未来に興味が湧くように作られている。そのことがわかっているからです。

子供達は大人の世界の写しである

 2004年ころ,日本経済新聞に「最近,今後どの国との関係を強化すべきか」という国際的な調査結果が掲載されたことがあります。日本での調査結果を見ると,上位は中国,ASEAN,米国の順です。では,日本で人気第一位だった中国の調査結果はどうだったでしょう。米国,ロシア,ASEAN,ズーッと飛んで日本。3位のASEANの2割以下の人気度です。世界の中での日本の評価は加速度がついて奈落の底に沈んでいくよう。日本が優れていて尊敬すべきものを自ら失っている。

 「今の若い者は」という大人の愚痴は,若い人たちが新しい行動意識や価値観を持っていることへの裏返しでもあります。これは社会が活性化している証拠ですし,アンシャンレジュームを乗り越え新陳代謝していくためにも,必須であると思います。しかし,進化は必ずしも進歩ではない。アジアがどのように日本を見ているか,ショッキングな数字です。

 失敗を恐れずチャレンジする気風が少なくなっているような気がします。安定やイージーに向き過ぎているのでしょうか?「清濁併せ呑む」ような,単に大人のマイナス面だけ真似た小粒の若者。年が若いだけの脳軟化症。弱い者いじめ。多数が一人を,強者が弱者を…。

 9月19日付の日本経済新聞の春秋に「動物行動学者ローレンツによると,動物は自らの攻撃性を抑制する知恵を初めから備えているわけではない。群れや家族の中で,小さないさかい,けんかなどを経験して,抑制を学習する。相手を破滅に追いやるほどの攻撃性を抑え込むすべを身につけないまま,子供が成長を続けると悲劇を生む…(略)…もっともらしい建前と小ざかしい方便に絡み取られた子供たちは攻撃と抑制のルールを持たぬまま暴走する」とあります。

 そんな10代を育った彼ら彼女達。否,子供達は大人の世界の写しであり,育てた我々大人の責任です。複雑系のバタフライ効果ではないですが,連続した小さな変化が,不可避かつ後戻りできない,とんでもない状況を作り出しています。日本はとんでもない国になりつつあるのでしょうか? そんな予兆を最近色々なところで感じています。

■参考資料について
本コラムの脳の成長に関する記述は,TIME誌の2004年5月10日号の「Secret of The Teen Brain」を参考にしています。[2007/10/03 16:40]
■修正履歴
参考資料からの引用を適切な範囲に限定するため,本文の一部を修正しました。 [2007/10/22 16:40]