「経営とIT新潮流」サイトに,「不思議の国アメリカ」という人気連載がある。先日,キャッシュバック・キャンペーンについての記事が掲載されていた。「支払いが約束されているリベートの請求手続きを行っても,なかなか支払われない」という内容だった。

 面倒な事態になったということで,その点についてはお気持ちを察する。だが筆者は,この記事で読者に「米国のキャッシュバック・キャンペーンは不合理なシステムだ」という印象を与えてしまったのでは,と危惧している。というのは,米国でキャッシュバック・キャンペーンが普及した理由には,それなりに合理的な要素があるからだ。そしてそれは日本にない利点とも言えるのである。米国に在住した経験があり,かつCRMとマーケティングを専門とする筆者としては,こう考える。

 筆者はキャッシュバック・キャンペーンについて,米国に在住している友人の協力を得ながら調べた。リベートの仕組みやメリットとデメリットについて,調査結果を踏まえて解説したい。

法的な拘束力のある仕組み

 キャッシュバック・キャンペーンは,米国でよく行われている消費者向け耐久消費財の販売促進策だ。製品メーカーがリベート原資を負担する。リベートの支払先は,当然購入者である。耐久消費財の商品購入価格がリベート分だけ安くなる。

 小売店の店頭ではしばしば,このリベート分を差し引いた価格(つまり実質的に消費者が払う価格)を小売店の店頭価格であるかのように価格を表示している。そのリベートは,購入者がリベートの支払いを請求した時,製品メーカーから支払われる。受取人を指定した小切手で支払われることがほとんどだ。

 ここで念を押しておくと,このリベートの支払いを請求して,小切手が送付されてこないことはあり得ない。リベートの支払いを約束するキャッシュバック・キャンペーンを実施するには,法的な拘束力のある「クリアリング・ハウス」という仲介業者および仕組みを介在させる必要があるからだ。製品メーカーが勝手にリベートの支払いを約束したキャッシュバック・キャンペーンを実施することは禁止されている。

 クリアリング・ハウスという呼称は,1853年に米国で初めて小切手の交換業務を始めた組織「The Clearing House」が由来である。その後,交換サービス事業が拡大。クーポン券と現金の交換を行う業者もクリアリング・ハウスと呼ばれるようになった。そしてそのクリアリング・ハウスがこのキャッシュバック・キャンペーンにかかわっている。キャンペーンで購入者に渡る証書も,クーポン券の一種である。

 製品メーカーはまず,クリアリング・ハウスにキャッシュバック・キャンペーンのリベート支払いに関する業務を委託する。クリアリング・ハウスは,リベートを立て替え払いはしない。キャンペーンを実施したい製品メーカーからリベートとして支払う可能性のある金額を,銀行の特定口座に預金として振り込ませる。この口座にリベート原資が入らなければ,クリアリング・ハウスは業務を受託しない。

 細かい話だが,そのリベート原資用口座を「POD口座」と呼ぶ。PODとはpayable-on-deathの略。製品メーカーがキャッシュバック・キャンペーンを終了させても,リベートの支払い請求が寄せられる可能性のある期間,リベート支払いの準備金をプールしておく。

リベートの支払が遅れるわけ

 冒頭に触れた記事「永久に受け取れない『特売の割引金』」では,リベートのチェックがなかなか届かず困ったと書かれていた。米国の知人には,クリアリング・ハウスに勤めている知り合いがいる。「リベートの支払いが遅れるのはどうしてか」という事情を聞いてみた。

 遅れる理由は二つある。一つは,クリアリング・ハウスのリベートの支払いに関するプロセシングが煩雑だったり稚拙だったりすること。つまりクリアリング・ハウスの業務処理能力に問題がある場合だ。キャッシュバック・キャンペーンではしばしば「リベート搾取(fraud)」,つまり横取りのような事態が起きるため,厳格な検査を実施する内部プロセスが用意されている。そのプロセスの遂行がスムーズか否かで,消費者にリベートのチェックが届くスピードが変わってくる。

 もう一つは,POD口座に支払うべきリベートの原資がないケースだ。つまり,リベートを支払うと約束した製品メーカーが,リベートの支払い請求を低めに見積もって,必要な原資を口座に預託しなかった時,当然支払いは遅れる。あるいは,残高が少なくなったのでクリアリング・ハウスが追加送金を依頼したが,原資がさほど増えなかった場合もそうであろう。

 残念ながら,これらの事情がリベート請求者に説明されることはまったくないそうだ。