10ペタFLOPS級の計算能力を持つ次世代スーパーコンピュータの開発プロジェクトが詳細設計に入り、07年度後半からいよいよ本格始動する。日本の科学技術の発展と、国際競争力の向上にスーパーコンが重要だとし、国家基幹技術の1つとして取り上げられたことが背景になる。米国におされ、日本の計算機資源、計算機技術が地盤沈下していることもある。

 そこで、文部科学省が約1150億円の予算を投入し、理化学研究所が中心に開発を進め、2011年度に次世代スーパーコンを完成させることになった。プロセッサからOS、ミドルウエア、アプリケーションまですべてを垂直統合で手掛ける次世代スーパーコンの開発プロジェクトは、主にNECと日立製作所が推すベクトル方式と富士通が推すスカラ方式のどちらのアーキテクチャを選択するのかなどの議論を進めてきた。国産ITベンダーは経営的に厳しいスーパーコンの研究開発費を獲得し、計算機技術のブレークスルーを図り、その開発成果を既存のサーバー事業に生かすことも考えている。加えて、計算機を作る技術者の育成にもなるとし、それぞれの方式の優位性を主張してきた。

 結果は折衷案とも映る、両方式を組み合わせたハイブリッド型システムになった。バイオやナノ、物理・天文、地球科学、工学の5つの利用分野で高い性能を出すには、両方式が必要になる、などが理由である。

 しかし、限られた予算を分け、それぞれが研究開発に取り組むのは、各社の研究開発の延長線のように見えなくもない。文科省の次世代スーパーコンピュータ概念設計評価作業部会も「両プロセッサは従来プロセッサの延長線上になり、改良はあるものの、新規系統の技術という観点での革新性が限定的」と指摘している。アーキテクチャの革新が小さいということであり、だから両プロセッサを効率的に活用できるソフトが必要になる。

折衷案で世界最高速を出せるか

 問題は、折衷案で世界最高速を出せるのかだ。すでにIBMは3ペタFLOPS機を完成済みで、「目標10ペタFLOPSで十分なのか」という見方も一部にはある。威信をかけた国家プロジェクトという位置付けなら、例えば各社の優秀な人材を集め、本当の意味での共同開発を考える必要もあるのではないか。バラバラに取り組むのは非効率でもあるし、IT産業育成に大きな威力を発揮できないかもしれない。

 しかし、本プロジェクトは経済産業省ではなく、文科省の管轄なのでIT産業育成に直結するものではないようだ。それでも、国産各社のサーバー事業の将来を見据えることも欠かせないだろう。実は、各社のサーバー事業の売り上げは1000億円から1500億円程度と見られており、3社を合計してもIBMやHPの3分の1程度の規模しかない。それなのにバラバラに開発を進めて、グローバル市場で勝てる製品を出せるかだ。絞り込む方法もあるが、各社とも相変わらず全方位で展開している。この中で、スーパーコンは事業として単体で見れば、赤字のところもある。その市場規模もそれほど大きくない。「フラッグマシンだ」と主張する業界関係者もいるが、これまでもこれからもその成果をハードやソフト事業に活かせるかが問われる。例えば情報家電などにだ。

 参考になる動きがある。最近、国産メーカーが次世代半導体の製造技術で共同開発すると決めたことだ。海外企業との競争激化に打ち勝つために、増加する開発負担を抑えることなどが目的である。次世代スーパーコンでも45ナノの半導体などがドライビングフォースになるとしているだけに、半導体同様のことが考えられるかもしれない。プロセッサもOS、さらにはミドルウエア、アプリケーションも海外製品を採用せざるを得ない国産ITベンダーはシステム構築で利益を稼ぐ状況になりつつある。IT業界はこの現実を真剣に考えるときがきた。

 今回のプロジェクトでは、ハード開発に800億円、アプリケーションに150億円、建物に200億円を投資するようだが、研究開発の成果を明確にすることが求められる。くどいが、次世代機を開発して終わりではない。ステークホルダーである国民に、どう説明するかだ。貴重な税金をまさか「πの計算に使っています」とは言えないだろうから。

※)本コラムは日経コンピュータ07年8月20日号「田中克己の眼」に加筆したものです。