Webサイト「Sellingpower」から送られてきた販促メール
Webサイト「Sellingpower」から送られてきた販促メール
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 7月,ネット上で開催されたセミナー――「Webinar」に,講師として“登壇”した。WebEx(ウェブエックス)というWeb会議システムの大手ベンダーが開催したものである。録画された講演は,WebEx内のWebページで閲覧できるので,もしご興味を持たれたらアクセスしていただきたい。

 米国ではWebinarは珍しくない。筆者は実際,米国で開かれているWebinarにたびたび“参加”してきた。Webinarは,テレビ会議システムを使ったプレス・コンファレンスに近いイメージである。講演者が目の前のIPカメラとマイクに向かって一通り説明する。その様子は,遠隔地にいる聴講者のパソコンに配信される。その後,聴講者は自身のIPカメラやマイクを使って講演者に質疑応答する。米国人は一般的に質疑応答を積極的に行うので,「ライブ」で開催する意味が大きい。

 しかし,今回のセミナーは筆者が抱いたイメージとはかけ離れたものだった。ライブで開催する必要がないのではないかと思った。パワーポイントで作成したプレゼンテーションを見せながら解説するだけだったからだ。質疑応答の時間はなかった。日本人はあまり質疑応答に積極的ではないという面を勘案しても,これはまずかったと思う。単なる「インターネット紙芝居」で終わってしまった。開催日は7 月10 日の14時から15時だったが,わざわざその時間帯,その場に開催しなくても良かった。つまり,本来持つ双方向性を生かしたプログラムにしないと,Webinarを開催する意味はない。

 もちろん,セミナーの配信に使用したWebExというプラットフォームに問題があったわけではない。WebExにはいろいろ便利な機能がある。表面には見えないが,セミナーのプロセスがよく考えられた形で組み込まれている。WebExを見ていると,Webinarという形態には大きな可能性とメリットがあると感じさせる。

 ただ,ここ日本においては,講演する側と参加する側の双方にある「習慣」という壁がある。これを乗り越えるような工夫を凝らさないと,Webinarの利用は拡大しないだろう。

乗り越えなければならない“習慣”

 WebExのセールス責任者と話していて,なるほどと感心した話題があった。ある大企業から「WebExを使いたい」という話が持ちかけられた。セールス責任者はその大企業の担当者にプレゼンテーションした。感触は悪くはなかったものの,なかなか導入決定には至らなかった。

 ある時その様相が一変し,導入が決定した。決定したのは,その大企業のマネジャ・クラスの一声がきっかけだった。このマネジャは米国子会社に長期間駐在した経験があった。その米国子会社ではWebExを利用していた。WebExのセールス責任者によると,このような経験を何度も繰り返しているという。

 一回でも利用すれば,その良さが分かる。だが利用する経験がなければ,導入決定には至らない。そういう製品やサービスはいくつもあるが,Webinarや既存のテレビ会議システムもそれに該当する。

 WebExは米国では顧客基盤を急激に拡大し,今年の初めには米Ciscoが買収に乗り出したほどだった。だが,日本市場ではあまりWebExは話題にはなっていない。

 外資系企業の日本法人を含め,日本企業はなぜか,マーケティング活動を積極的に実施しない。もはや“習慣”と表現してもいいほどだ。筆者がWebExというブランドを認知することになったきっかけは,米国マーケティング協会が運営しているサイト「marketingpower.com」が開催したWebinarだった。やたら「powered by WebEx」と表示されるロゴが気になって,WebExという企業のなりや展開しているビジネスを調べ始めた。米国企業は良くも悪くもここぞと狙った媒体と時期に,徹底的にブランド認知の策を展開するのである。ところが外資系企業を含め日本の企業は,米国でよく見かけるこの種のブランド認知策,顧客獲得策はあまり実施しない。

 数日前には,画像のような販促メールがWebサイト「Sellingpower」から送られてきた。これはWebExのものだが,WebExに限らず,どの企業もこの程度はやってほしいと思う。内容は最近指摘されている通りで,WebExの機能を訴えているのではなく,セールスの新しいアプローチというソリューションを訴えている。

Webinarでも「物理的な場」の整備が重要

 今回のセミナーで筆者が講演した場所は,ごく普通の事務所の一隅だった。使用したIPカメラは,量販店でも販売している一般的な製品で,低解像度でコマ数の少ないものだった。講演では立って話すという習慣がすっかり身についている筆者にとっては,椅子に腰掛けて前のめりに机に手をついて話すというのは,何とも話しづらかった。

 WebExに文句を言うつもりはないが,このような体験から考えると,やはり講演するうえで不自然でない「物理的な場」を用意するというのは大切なことだろう。米国企業は電話会議システムを使ってプレス・コンファレンスを開催することが多い。スピーチする側も,聴講者側も会議室を使うケースがほとんどだ。執務室のデスクに座ったまま,というのはほとんどない。

 聴講者の側についても,「物理的な場」の整備が大きな課題と言えよう。Webinarの開催中,聴講者はヘッドセットをパソコンに接続してパソコンのモニター画面を眺めることになる。上司にその姿を見られたらゲームでもしているのではないか,というおそれが聴講者側にはあるようだ。そもそも,ヘッドセットを使い慣れていないと,ヘッドセットを使うということに違和感がある。

 スピーカーフォンを使ったことがある日本人は,外資系企業での勤務経験がある人以外は極めて少ないと思われる。先日,ある米国人と会話する機会があった。その米国人は仕事で東京に来たのだが,事務所の電話機を使おうとして,スピーカーフォン機能が内蔵されていないことに気がつきとまどった,と話していた。

 スピーカーフォンは手放しで通話できる。昔,シャープが「手ぶらコードレス」とテレビCMで宣伝して知られるようになった。米国で売られている電話機のほとんどにこの機能が搭載されている。最近はパソコンにUSB接続して使うタイプのものも売り出されていて,少しずつ拡がっている。だが日本ではほとんど見られない。電話機やWeb会議システム,そしてWebinarを見ていると,日米の市場の質の違いが見えてきて興味深い。

テレワークの意味と日米差

 先のWebinarでもしゃべった内容なのだが,日本政府(総務省)はテレワークを推奨・推進している。通信サービス会社も回線サービスの利用が増えるので,テレワークを採用しましょうとあちらこちらで啓蒙活動を展開している。WebExはテレワークによく馴染む。だが当のWebExはそういう訴求の仕方をしていない。

 Wikipedia英語版で「telework」を検索すると,該当ページの冒頭には次のように書かれてある。

『Telecommuting, e-commuting, e-work, telework, working at home (WAH), or working from home (WFH) is a work arrangement in which employees enjoy limited flexibility in working location and hours.』

 テレワークは場所や時間といった制約条件の影響を小さくすると書いてある。それはそうなのだが,このページに書かれている内容から読み取れるのが,就業者へのメリットが前面に出たものとして考えられているということだ。Wikipediaの情報を全面的に信頼するわけではないが,少なくともこれを読んで,日本ではテレワークが単なるお役所と大企業のかけ声として矮小化されていると筆者は感じた。大変残念なことである。