「ライターデビューしたいのだけれど、なかなか時間が割けない」という人は、手始めに洋書の翻訳から始めてはいかがでしょう。英語力は、ほどほどで大丈夫です。コンピュータ書の内容は、「○○は△△である」という単純な文書だけだからです。詩のように韻を踏んだり、推理小説のように登場人物の微妙な心理を表現する必要がある部分は、滅多に出てきません。今回は、これまでに私が手がけた翻訳書を紹介します。これからライターを目指す方に、少しでも参考になれば幸いです。

自分が読みたいと思う洋書を見つけて、出版社さんに企画を持ち込もう

 私は、洋書の翻訳を2冊ほど手がけたことがあります。日本語版の書名は『Windows 2000プログラミング標準講座』(ハーバート・シルト著、翔泳社刊)と『C# .NETプログラミング』(アドリュー・トロエルセン著、翔泳社刊)です(写真)。

これまでに手がけた2冊の翻訳書

 どちらも、出版社さんから「矢沢さん、この本の内容に興味ありませんか?」と声をかけていただきました。自分で企画を持ち込んだわけではありません。Windowsに関する新しい技術の解説書は、当然ですが、日本より米国で先に発刊されます。出版社さんは、常に洋書の動向に注目しています。「これはニーズがある!」というものが見つかると、翻訳書の企画を立てるのです。

 ただし、翻訳者に、まったく選択の余地がないわけではありません。事実『C# .NETプログラミング』の方は、その前に同様のテーマで別の本が企画にあがっていたのですが、内容が薄い(読みたいと思わない)ものだったので断りました。企画もボツになりました。出版社さんが2番目の候補としてあげてきたのが『C# .NETプログラミング』です。この本は「この時点(製品リリース前)で、どうしてここまでわかるの?」と言いたくなるほど濃い(ぜひ読んでみたい)内容だったので、翻訳を引き受けました。

 翻訳書でライターデビューを目指すなら、興味がある分野の洋書を調べ、自分でも「ぜひ読んでみたい」と思うものを選んで、出版社さんに企画を持ち込むとよいでしょう。有名な著者が書いた本、リリース間近の最新技術に関する本、もしくは原書が売れている本が狙い目です。出版社さんは、企画の持ち込みを歓迎してくれるはずです。少なくとも原書のタイトルと目次ぐらいは翻訳して、内容の概要を説明する文書を添えてください。

短時間に翻訳する秘策をお教えします

 私が手がけた2冊の洋書は、どちらもリリース間近の最新技術に関するものです。のんびり翻訳しているわけにはいきません。私は、短時間に翻訳するために、工夫をしました。時間が割けない人でも、同じような工夫をすれば、翻訳ができると思います。

 まず、原書を章ごとに切って持ち運びやすいようにし、現在翻訳している章と英和辞典をカバンに入れて持ち歩きました。移動中の電車の中や打ち合せの待ち時間など、少しでも時間があれば、わからない単語を英和辞典で調べ、意味を書き込みました。電車の中で立っているときも、この作業をしました。

 およそ1週間ほどで、単語調べが最後まで終わりました。私は、今まですいぶん時間を無駄にしていたと思います。移動時間や待ち時間は、雑誌を読んだり、ただボーッとしていたのですから。そのような短い時間をかき集めれば、わずか1週間で500ページの洋書を読めるのです。「すごい!」と思うかもしれませんが、冒頭でお話したように、コンピュータ書に登場する単語は、決して難しくありません。わからない単語は、1ページに数個あるかないかです。

 次に、やはり外出時に、切り分けた原書とノートを持ち出し、少しでも時間があればノートに日本語訳を書きました。このときは、美しい日本語にしようなどど考えず、いわゆる直訳です。出張先でホテルに泊まったときには、特に作業がはかどりました。この作業には、だいたい2週間ぐらいかかりました。「時間を無駄にせずに仕事ができた」と思うと、なかなかいい気分でした。

 最後に、ノートの内容を美しい日本語に修正しながら、ワープロに打ち込みました。この作業だけは自宅で行いましたが、ノートPCを持ち歩く習慣がある人なら外出先でも行えるでしょう。美しい日本語とは、読みやすい日本語という意味です。この作業に要した時間は、ワープロにかじりついて10日間くらいでした。他に仕事があるので週末だけ作業するとしても、1ヶ月ぐらいあれば終わるでしょう。

 このように、小さく分割して作業ができたのは、内容の流れを考えなくて済むからです。自分のオリジナルの作品の場合は、前後の流れを上手くつなぐために、ずっと続けて作業する必要があります。翻訳では、原書の段階で流れができているので、それを考える必要がないのです。時間が割けない人でも、翻訳なら何とかなりそうでしょう!

翻訳者が注意するポイント、編集者がチェックするポイント

 翻訳の際に注意するポイントは、翻訳者によって様々でしょう。私の場合は、自分でオリジナルの本を書く場合と、根本的な考えは同じです。それは、「for the dokusha(読者のために)」です。読者の期待に応える翻訳をするのです。

 コンピュータ関連の解説書の読者は、技術情報を「正しく」「わかりやすく」得たいと思っているはずです。ワクワクさせてほしいとか、人生の意義を教えてほしいなどどは、思っていないでしょう。それに応えるために、本の内容を技術的に検証します。「こうやって操作すれば、こういう結果になる」と書かれていれば、それを自分のマシンでやってみます。プログラムのソースコードが掲載されていれば、それを自分のマシンでコンパイルして実行してみます。正しくするためです。わかりやすさに関しては、冗長な表現を避け、文書の矛盾をなくし、YESかNOかを明確にすることが重要です。私が翻訳した文書をチェックする編集者さんは、内容の正しさの検証は翻訳者に任せますが、翻訳者以上にわかりやすさに重点を置いてチェックします。

 私は、編集者さんから「このページのこの行が訳されていませんよ」という指摘を受けたことがあります。なかなか厳しくチェックしているなぁと思いました。翻訳書の著者は、あくまでも原書の著者です。書かれていることを省略するのは、著者に対して失礼です。書かれてないことを追加したら、もっと失礼です(for the dokushaで加筆が必要なら、翻訳者注として欄外に示します)。自分の感情を込めるのは、最も失礼だと思います。「自分なら、こうやって説明する」などと考えて、原書と異なる表現にしてはいけません。

 ただし、機械的で無味乾燥な翻訳では、読みにくくなってしまうでしょう。技術解説書であっても、著者の思いが込められている文書があるものです。そんな部分を翻訳するとき、私は、読者の立場になるようにしています。「原書の著者が、私に語ってくれているのだ」と思って、日本語の文書を書くのです。翻訳者は出しゃばらない。これが、翻訳のマナーだと思います。くどいようですが、技術解説書だからですよ。詩や推理小説の翻訳では、やり方が違うと思います。

翻訳書でデビューできたら、次はオリジナルを書こう

 さて、気になる印税ですが、これがかなりイイのです。オリジナルの本を書いた場合の印税が10%なら、翻訳の印税は7%程度いいただけます。「それなら、オリジナルの本など書かずに、翻訳ばかりやっていればいいじゃないか」と思われるかもしれませんね。確かに、ビジネスとしては、その方がいいでしょう。でも、先ほども言いましたが、翻訳書は、原書の著者の作品であって、翻訳者の作品ではありません。そのため、発刊されたときの達成感というものが、あまりないのです。翻訳書を機会にライターデビューできたら、その次は、ぜひ自分のオリジナルの本を書いてください。ものすご~く達成感がありますよ!