前回は,はじめて部下を持つ坂本に5つのアドバイスをしました。

はじめて部下を持つ人へ5つのアドバイス
(1)部下を便利な作業者と思ってはいけない。あくまで自分で考えて,自分の責任で部下に任せなくてはならない。
(2)短い期間でも放っておいてはいけない。報告,相談,連絡を密にしなくてはならない。
(3)部下とのルールを決めなくてはならない。
(4)指導の際には何が悪いのか,良いのかを納得させる説明をしなくてはならない。
(5)仕事上の思想を持たせるようにしなくてはならない。

 坂本にはこんな話をしました。しかし,実際のところすぐにうまくいくとは思っていませんでした。上司と部下の関係にはすぐなれますが,だからと言って,すぐに信頼関係が構築できるものではありません。

 時間をかけて,一緒に問題に直面し,知恵を出しながら解決して,相互に成長していく・・・これができなければ本当の意味での上司と部下の関係にはなれないのです。

 今回は,これに関する坂本のエピソードを紹介します。

部下と"どのような約束"をすればよいか?

 その後,坂本と藤井の間にはささいな衝突が起きるようになりました。坂本も気が強いのですが,藤井も強情で,2人はよく言い争いをするようになったのです。私はしばらく放置していたのですが,次第に2人の間で会話が少なくなってきたので,そろそろ時期かなと思いました。

 そこで,まず,藤井を別室に呼んで話を聞き,その後坂本からも話を聞く事にしたのです。

芦屋: 坂本,藤井はどう?・・・君ら上手くいってるの?

坂本:ええ,まあ・・・

芦屋:歯切れ悪いな,坂本

坂本:藤井なんか言ってましたか?・・・先日,芦屋さんと話をしてましたよね・・・

芦屋:うん。文書のこと。それが揉め事の原因?

坂本:あいつの書いた文書,何言ってるか分からないんですよ。修正すると不満そうなんですよ。

芦屋:なるほどな・・・で,君は修正する理由を彼に言っているの?

坂本:ちゃんと伝えてます。

芦屋:そうか・・・で,どんな具合に伝えている?

坂本:「全体的に分かりにくいから」,「バランスが悪いから」と言っていますよ。

芦屋:そうか・・・抽象的だな。

坂本:そうですか・・・でも,本当に全体的に分からないんです。文書のバランスも悪いんだから,言われて当然と思いますがね。

芦屋:まあ,お前は相変わらず怒りっぽいな。でもな,坂本,やっぱりそんな言い方じゃあいつは分からないと思う。

坂本:・・・

芦屋:坂本,前回アドバイスした5つのことを覚えているか?(3)番目と(4)番目は何だったか?

坂本:(3)は「部下とのルールを決めなくてはならない」,(4)は「指導の際には何が悪いのか,良いのかを納得させる説明をしなくてはならない。」

芦屋:そうだ。お前はそこがまだよく分かっていない。だから,藤井と上手くいかない。

坂本:・・・

芦屋:藤井だけじゃない。ちょっと気が強い奴なら,皆同じことになる。坂本,おとなしい奴ならいいが,そうじゃなければ,お前は動かせない。

坂本:・・・

芦屋:・・・まあいい。聞きたくないかも知れないが,少し話をするよ・・・君に話した5つのアドバイスは,かつて僕が社内組織の管理職として多くの部下をもっていたとき,システム開発プロジェクトのマネージャーで社内外のSEを使っていたとき,部下やメンバーとの間を良好に保ち,仕事を上手く進めるために試行錯誤してきた結果なんだ。

坂本:試行錯誤・・・

芦屋:そう。僕はやってきた仕事の中で,(1)~(5)が重要だと思った。行き着いた教訓といってもいいと思う・・・みんな重要だけど,特に大事なのは(3)と(4)だった・・・人は誰でも納得して仕事をしたいと思っているし,必要以上に怒られたくないと思っている。だから,「何が悪いのか,良いのか」を説明しなくてはならないし,「良い,悪いを区別することをルール化」しておかなくてはならないと思っている。そして,そして,この(3)と(4)が上手く機能してきたからこそ,僕はシステム統合や,問題組織の改善,経営的提携・・・アライアンス,品質改善などのプロジェクトをマネージメントができたと思ってる・・・僕のやってきたプロジェクトはベンダがお客からシステム構築を受注するという関係よりも,ユーザー企業同士の対等なシステム統合やアライアンス戦略でのマネージメントが多かった。金と人が複雑に絡む,面倒なものが多かった。だからこそ,「納得させる説明をして動いてもらうこと」や「ルール化して混乱がないようにメンバーを制御すること」が必要だったんだ。それを,社内での部下との関係・・・社内のチームビルディングにも活かしてきた。

坂本:「納得させる説明」,「ルール化」はそんなことから・・・

芦屋:まあ,対等な関係ほど,厳しいものはない。そんななかで,上手くいくためのノウハウを整理して,その後の部下指導に使ってきたんだ。5つのアドバイスのなかで,例えば,文書のルールで前回僕はこんな話をした。
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「部下と上司はルールを共有化しなくてはならない」。例えば,「文章の書き方は主張と理由をセットにしてほしい。無駄な修飾語はいらない」,「報告は結論から」,「問題は事象と影響と解決策をセットで説明してほしい」などだ。これを先にルール化して,上司から部下にお願いしておいたほうがいい。これを守らなければ注意する。決めたルールに違反したのだから,注意しても「すみません」となるんだよ。
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 これは文書でのルールの一例だけど,こんな具合に,僕は部下に教えたい"仕事に役立つ7つの科目"を体系化してきた。それを僕は君や岡田に機会を見つけて教えてきた。

坂本:部下に教えたい"仕事に役立つ7つの科目?

芦屋:そう。仕事に役立つ7つの科目。これを僕は部下に教えるようにしているんだ。そして,君も藤井に教えることができるようにしてほしいと思っている。当然,君には君の科目があると思う。でも,この7つの科目は僕が仕事を通じ,いろんな人に教えてもらって身に付けてきたものなんだ。坂本,僕は仕事の能力は人から人に伝わっていくものだと思う。上司から部下へ,先輩から後輩へ伝わっていき,そこに自分のオリジナルな能力を加えて,さらに強力なものにして,他人に伝えていくものだと思ってる。それができることが組織のメリットだし,上司,部下の素晴らしいところだと思うんだ。

坂本:・・・上司から部下へ伝わっていく・・・

芦屋:そう。

坂本:・・・ぜひ,7つの科目を教えて下さい。

芦屋:分かった。いくよ・・・まず,(1)文書。そして,(2)仕事の段取り,(3)説得的会話,(4)ヒューマンマネージメント,(5)思考力,(6)情報収集力,(7)提案力の7つ。順に簡単に説明するから,聞いていてほしい。
(1)文書
 文書に関する知識,ノウハウ。報告書,企画書,メール,メモなどがテーマ。分かりやすく書く,説得力をもたせる,他人に感心される文書を書くなどのビジネス文書に必要なテクニックの習得+指導ができるように教えるためのルール群。
(2)仕事の段取り
 仕事の進め方,準備など段取りに関する知識,ノウハウ。計画書,課題管理,指示書,会議運営などがテーマ。効率的な仕事,準備,トレースなどのビジネスの段取りに必要なテクニックを習得し,指導ができるように教えるためのルール群。
(3)説得的会話
 説得的会話,交渉,断りに関する知識,ノウハウ。説得的会話,交渉,断り,会話のパス,リバース話法などがテーマ。説得的会話,会話のパス,具体的な話法などのテクニックを習得し,指導ができるように教えるためのルール群。
(4)ヒューマンマネージメント
 ヒューマンマネージメントに関する知識,ノウハウ。モチベーション,ミッション,行動のインセンティブなどがテーマ。人を動かすための一連の行動,ほめる,叱るなどのテクニックを習得し,指導ができるように教えるためのルール群。
(5)思考力
 思考力に関する知識,ノウハウ。発想法,ブレスト,意見収集などがテーマ。提携戦略,価値交換などのテクニックを習得し,指導ができるように教えるためのルール群。
(6)情報収集力
 情報収集関する知識,ノウハウ。人脈の作り方,ビジネスマッチング,価値ある情報の選び方などがテーマ。情報の意味,収集方法などの情報収集のためのテクニックを習得し,指導できるように教えるためのルール群。
(7)提案力
 提案に関する知識,ノウハウ。「提案」や「ソリューション営業」,「ミニアライアンス」,提案戦略,顧客分析(プロファイリング),提案書作成などがテーマ。提案の意味,ソリューション提案などのテクニックを習得し,指導ができるように教えるためのルール群。
 いままで,坂本や岡田にはさまざまな話をして,いくつものルールを示してきたけど,それらは,この7つの科目からだったんだ。
 なあ,坂本,「上司が嫌い」,「部下がかわいくない」では成長しないんだ。スキル,ノウハウは伝えていかなくてはならない。それが,僕らの使命だと思ってる。坂本にもそれを分かってほしいんだ。

 私は坂本に,こんな話をしました。私は「仕事の能力は人から人に伝わっていく」ものだと思っています。上司から部下へ,先輩から後輩へ伝わっていき,そこに自分のオリジナルな能力を加えて,さらに強力なものにして,他人に伝えていくべきものです。それが組織や人を成長させることだと考えています。

 7つの科目・・・これを構成する詳細なルールについては,この連載でもいくつも説明してきましたが,今後もこの連載でも説明していくことにします。


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