先週、ある大手ITサービス会社の経営幹部の方々と雑談していた時の話。経営企画を担当する幹部からは、「3年後にはSIの仕事がなくなる」とのものすごい危機感が口を衝いて出てきた。それに対して、SIの現場を預かる幹部は、「SIの未来に問題なし」との判断だった。どちらが正しいと言う前に、同一企業の中でのこの感覚のズレ。少しヤバイ気がしたのだが・・・。

 ただよく考えると、この手の感覚のズレは、この会社だけでなく、ITサービス会社ならいずこも同じだ。経営幹部同士の意見の相違でなくても、経営トップと現場の感覚のズレだったりする。そりゃ、そうだ。SIの現場、あるいは営業現場では、もう絶好調。とにかく忙しい。営業部長の中には、「悩みなんかない」と公言する人までいる。

 SE単価がなかなか上がらないのが気にかかるが、なんせ仕事を選べる。得意分野に集中すればよいから、失敗するリスクはほぼ皆無。従ってノリシロは不要で、十分に目標利益を超えられる。受注残も将来に向かってどんどん積み上がり、将来への不安もない(と言っても半年先ぐらいの話だが)。これでは、経営トップや経営企画が何を言おうが、右から左に聞き流していれば、それで済む。

 経営トップや経営企画の幹部は、現場にそんな感覚があるので、なおさら危機感を抱く。SIビジネスの好不調が経済全体の景気にサイクルにリンクするようになって久しい中で、事業環境の変化を見ている彼らには、3年後辺りに来るであろう次のIT需要の谷が恐い。そうでなくても、ITサービス業の“沃野”であったバックオフィス系の業務システムは、SIからパッケージソフトへの移行が進み、オフショアリングも当たり前になりつつある。

 そんなわけで経営トップらは、「今はいいが、次の谷ではSIの仕事がなくなる」との危機感が募り、「新規ビジネスを創造しなければ」と内心焦る。しかし現場は忙しく、優秀な人材を新規事業に回すのは大反対だ。結果として、ビジネスモデルの大転換を伴うSaaSなどの新規事業を試みても、肝心のリソースが貧弱。スモールスタートとは聞こえがいいが、成功する可能性は皆無に近くなる。

 もちろん、現場の“楽観論”も経営トップらの“悲観論”も、あえてそう言っているところがあって極論すぎる。実際には、SIがなくなるわけはない。しかし、SIビジネスがシュリンクするのも確実で、その度合いが大きいと多くのITサービス会社が苦境に陥る。結局、台風予想みたいなもので、台風が向かってくるのは確かだが、直撃されるか、多少の強風で済むか、その程度を現時点で予想できる人はいない。

 本来なら、このように経営トップと現場の意識のズレが大きい時は、経営トップが明確なビジョンを示し、決然とした態度とリーダーシップでビジネスモデルの変革に取り組むべきだ。しかし多くの経営トップが、自身の危機感と現場の楽観の間で立ち往生してしまっている。それどころか、「俺はもうリタイヤだから」と企業の将来に対して思考を停止した“トンデモナイ系”の経営トップも少なからずいる。

 そう言えば、経営トップには株主や投資家という“敵”もいる。株主や投資家にとって、ITサービス会社は「成長性は疑問だが、安定性はある銘柄」である。とにかく今は、SI事業という“キャッシュカウ”をフル回転させて、お金を稼いで配当などで還元してくれれば、それでいい。成長性については、やる気があろうとなかろうとM&Aを口走り、スモールスタートの新規事業でお茶を濁してくれれば十分だ。

 何度も書くが、ITサービス会社が上場している意味はほとんどないと思う。いっそのことMBOして非上場化し、好況に浮かれる現場を説得しつつビジネスモデルの転換に取り組んではどうか。また上場を続けるのなら、SI主体のビジネスモデルからの脱却か、残存者利益の獲得かの旗幟を鮮明にして、市場から資金をとり、本格的な新規事業やM&Aに取り組むべきだろう。絶好調の今、ITサービス会社を選別する見えない“ふるい”は間違いなく振られていると思う。