企業のIT導入に関わる人々は多い。それらの人々が各々本来の任務を的確に消化することが,IT導入を成功に導くことにつながる。もし彼らが本来の任務を忠実にこなさなければ,IT導入は迷走する。しかも,IT導入に関わる任務の内容は進化する。彼らが,進化する任務をいち早く察知した上で的確に消化しなければ,システム迷走は混迷を深める。

 このテーマについて,ユーザーの立場から考えてみよう。その方が,見方が厳しくなる。まずITベンダーに所属するSEを取り上げよう。もちろん,SEの元締めであるITベンダーも考察の対象になる。

 なお,ここではテーマの性格上,あえてSEの長所には触れず,ユーザーから見たSEの問題点に焦点を合わせていることをご承知願いたい。さらに,ユーザー企業および情報システム部門の責任については,次の機会に取り上げるつもりなので,ユーザーの一方的な言い分と思わずに,耳を傾けてもらいたい。

システムの稼働が軌道に乗るまではベンダーにも責任

 SEやベンダーに対するユーザーの不満は,山ほどある。しかもその内容は,時代と共に変わっている。

 まず,昔の話から始めよう。曰(いわ)く,「最初はベテランSEを派遣し,途中で経験の浅いSEに置き換える」,「業務知識の勉強をしようとしない」,「ユーザーの要求を,難しい専門用語を使いながら断る」,果ては「会議に遅刻するは,平気で嘘をつくは…」など,極めて低次元の行為まで,指摘は止まるところを知らない。ITプロフェッショナル自身に対する調査でも,この種のモラル欠如があることを70%弱が感じていると示されている(日経コンピュータ2006年7月10日号特集「問われるIT業界の品格」48ページより)。

 SEとしては,人手不足だ,成果主義で動きが取れない,忙しくて新技術の習得ができないからだと反論したいだろう。しかし,ユーザーとしては,そんな言い訳は聞きたくない。ただ,こうしたトラブルは,残念ながら意識の低い,あるいは悪質なベンダーが後を絶たないため今後も続くだろう。それはそれとして,ユーザーは厳しく対応していくべきだ。

 しかし,こうした小賢しいトラブルとは別に,本質的なトラブルも発生している。例えば,筆者がコンサルティングの依頼を受けて最も手を焼いた一つは,システムが完成して納入された後のトラブルである。

 中堅の電機製品販社A社はCRM(顧客関係管理)システムを導入するに当たり,SI(システム・インテグレータ)であるB社にシステム構築を発注した。A社では取り扱い製品の種類が多岐にわたり,しかも部分組み立て品や単品部品も取り扱っており,さらに値付けや値引きシステムも特殊だった。このため,パッケージソフトでは無理だったのだ。

 B社のシステム構築中の対応は総じて悪くなかったようだ。だが,システムが完成するや,B社のSEたちは検収もそこそこにして引き上げてしまった。システム納入後の稼動がなかなか軌道に乗らないA社は,何度もB社に相談したが,システムは完成しているとして相手にしてもらえなかった。そこで,筆者に相談が持ちかけられた。

 契約上は,B社の責任は確かにシステム完成引渡しまでとなっている。しかし調べてみると,ソフトウエアのドキュメントに欠落があったり,運用・トラブル時の対応・保守などについて十分な説明がなされていなかったり,不備は否めなかった。

 筆者は,「システム完成引渡しまでの責任」とは言うものの,最終的にシステムの稼動が軌道に乗るまでの「段取り」の責任はB社にあると主張して,B社と交渉した。その結果,欠落しているドキュメントの整備,運用・トラブル対応・保守についてのマニュアル作成と説明会実施を受け入れさせた。

 売り上げ重視で前のめりになっているベンダーは,賢くなっているユーザーに見透かされ,そろそろ淘汰される時期であることを知るべきである。

SEは自分の職業観を確立しておく必要がある

 ユーザーが賢くなったと言えば,従業員20人ほどのごく普通の電設工事店Cが顧客管理システムを導入するために,ベンダー2社にRFP(提案依頼書)を提出したときのことを思い出す。C店は,ベンダー2社にRFPを受けて作成した提案書の内容を説明させた。質疑応答も交わされた。

 しかし,後日ベンダー選定会議で,C店の社長とIT担当者は吐き捨てるように言った。「どれも話にならない。彼らは従来業務の置き換えぐらいにしか考えていない。話のレベルが合わない」。C店は,さらに別のベンダーに声をかけ始めた。

 要するに,零細・小企業でさえIT導入を業務の抜本的改善,あるいは経営改革と捉え始めている。それをつかみきれないベンダーは,相手にされない。まして,きちんと教育された中堅・大企業の顧客を相手にするときは,よほど戦略的な提案をしないと,提案内容の浅薄さを見透かされる。

 一方IT業界は,システムのパッケージ化・小型化によってソフトやSEによる差別化がやりにくくなっており,またオフショアなどによって競争が激化している。多くの情報や経験から知恵をつけたユーザーは,その状況変化を敏感に感じ取っており,見る眼が厳しくなっている。

 基本的には,ユーザーはベンダーの代表者やベンダー側のSEを相手にしたとき,彼らが確かな職業観を持って臨んでいるのか,明確なシステム哲学を持って対応しているのかによって,ベンダーやSEの重みを推し量ろうとする。それによって,ベンダーは取れる注文も最初から失注の憂き目に会うし,システム構築中にユーザーとの間で修復しがたい悪い関係ができてしまう。ユーザーは見るべきところを,きちんと見ることができるようになっている。

 まず,SEは自分の職業観を確立しておく必要がある。この職業をなぜ選択したのか,SEの仕事を通して何をやろうとしているのか,今後どうしていくつもりなのかをよく考えて,職業観を確立する。

 例えば,情報と人間の関係,人間と自然の関係を突き詰めていくと,SEは本質的なところで,単に企業経営改善のためにデータという情報を扱うのではなく,人間社会,あるいは自然という生命システムをより良く維持していくという大義に関わる仕事に従事していると考えることができる。そうすれば,客観情勢の変化に迷うことなく対応していくことができる。その姿勢が,ユーザーからの信頼を得ることにもつながる。

 ユーザー企業は今や業務の抜本的改善や経営改革を望んでいる。さらに,契約の内容がどうであれ,ベンダーに対して最低限でも「段取り」を通じてシステムが軌道に乗るまでとことん責任を持つことを望んでいる。そのことを,ベンダーはしっかり心に刻んでおくべきである。