前回は,坂本が陥りそうになっている2つの泥沼について説明しました。人間は弱いものです。誰でも楽を好み,苦しさから逃げます。このため,部下をもったときには多くの人が以下の2つの好ましくない状況(泥沼)に陥ってしまいがちになります。
(1)部下に仕事を丸投げして楽をしようとする =>次第に上司の能力が落ち,駄目管理職に「転落」 (2)部下に任せるのが怖いため自分で仕事を抱えたまま,部下の管理・指導がプラス =>心身ともに疲れ+実作業が多くて「破綻」 |
今回は,(1)のケースを坂本に諭したときの話をしましょう。坂本に部下をつけた後,しばらく様子を見ていた私は,坂本の仕事のパフォーマンスが落ちてきたことを認識しました。坂本は,部下の藤井に仕事を丸投げして,自分はその分,あまり仕事をしなくなったのです。
私がそのことを指摘すると,彼は「自分が仕事をして,さらに藤井の仕事を見つけて指導すると自分がパンクする。そうしろと言うなら,部下なんて要らない」といって,不満を言いました。
これに対し,私は坂本に「大きな仕事をするためには,人を使って組織で仕事をしなくてはならない。そのためには,部下を指導して組織マネジメントをしなくてはならない。今の坂本の考えなら,上になれないけど,それでもよいか」と聞きました。
坂本は,少し考え,「それでは困る。自分は大きな仕事がしたい。組織を動かしていきたいので,どうすればよいのか話を聞かせてほしい」と答えました。そこで,私は,坂本に話を続けることにしました。
芦屋: |
坂本,まあ,一般論として聞いてくれ・・・社会で仕事をしている人は,上司の立場と部下の立場の両方をもっている。組織は階層構造なので,たとえば当社なら,係長は係員を部下にもち,課長以上を上司に持つ。そして課長も,係長以下を部下に持ち,部長以上を上司に持つ。このように,多くの人は上司としての立場がある。だから,「上司の立場とは何か」,「上司の立場で仕事をするにはどう考えればよいか」を理解しておくことが重要になる。
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坂本: |
それは,そうでしょうね。
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芦屋: |
けれども,実際には,「上司の立場を正しく理解している人」が少ないというのが俺の考えだ。部下としては優秀だったが,上司の立場になるとおかしくなる人が多い。そういう人間を俺はたくさん見てきたよ。お前のいたシステム開発部にもたくさんいたと思う。無責任な上司,昔の知識だけで食っている上司,丸投げして,失敗すると文句を言う上司。そんな人間が多い。当然,優秀な上司もいるが,非常に少ない。それが現実だよ。
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坂本: |
そうです。そんな人間ばっかりですよ。
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芦屋: |
まあ,厳しい言い方かも知れないが,お前も今のままでは人の事は言えなくなるかも知れないぞ・・・まあ,嫌味はこれくらいにして,では,なぜ,そうなってしまうのか・・・それは,部下ができると「楽をする」ようになるから・・・部下への指示・命令権を勘違いして,部下を「召使い」のように考えてしまうからだよ。
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坂本: |
部下を「召使い」に考える・・・
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芦屋: |
そう,面倒なもの,嫌いなものはとりあえず部下へ・・・これが仕事の「丸投げ」がおこなわれる理由の一つだ。そして「丸投げ」をするようになった人間は次第に駄目になっていく。
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坂本: |
次第に駄目になっていく?・・・なぜですか?
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芦屋: |
考えてみてほしい。仕事は自分で考えないと力がつかない。自分で考えるということは,自分で判断するということだ。仕事の意味を理解し,段取りを組み立て,他人に相談して,新しい視点を取り入れて自分の考えに生かしていくことが必要だよ。
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坂本: |
それは,そうですね。その通りです・・・当たり前ですよね。
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芦屋: |
そう。当たり前。自分で責任をもって仕事を完結しようとするから,能力を高めていくことができる。自分で仕事を分かっているから,一部を部下に任せることがでるんんだ。
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坂本: |
部下に任せる?
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芦屋: |
そう。部下に任せて完結させる。部下が迷ったら助言をしてやる。部下の力では解決できない場合は,助けてやることができる。
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坂本: |
・・・
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芦屋: |
いいか,坂本。これができるのも,自分で仕事を分かっているからだよ。こんな具合に仕事を進めていけばいい。そうすれば仕事がうまくいくので,部下からも頼りがいがあると評価され,感謝されるようになる。
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坂本: |
部下に投げるのと任せるのは違う・・・
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芦屋: |
そう,こんな上司のいる組織は強いよ。でも,「丸投げ」する上司はまったく違う結果になる。どういうことは坂本が考えて言ってみて。
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坂本: |
まず,自分で責任をもたないので,能力を高めていくことができないということでしょうか?
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芦屋: |
そうだ。
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坂本: |
部下が迷っても助言できない。部下の力では解決できない場合も助けてることができない。
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芦屋: |
そう。そして,失敗したら部下の責任にする可能性が高い。そもそも,自分で考えていないんだから,失敗時の責任は取りたくないだろうな。だから,無意識に失敗を他人のせいにする。
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坂本: |
経験のない部下に丸投げでは,仕事がうまくいく可能性は低いということですね。失敗の可能性が高いけど,責任は自分で取りたがらないというのは,自分で考えていないということが原因なんですね。つまり,丸投げした仕事には愛着がないということか・・・
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芦屋: |
そういう考え方もあるだろうね。どちらにしても,そんな上司では部下から信頼されない。そして組織は崩壊するんだ・・・「丸投げ」というものはそれほど怖い。
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坂本: |
でも,芦屋さんはよく丸投げの話をしますよね。なぜ,丸投げ問題をよく話題にするのですか?
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芦屋: |
簡単だよ。昔,上司に酷く怒られたからさ。若い頃に僕自身に「丸投げ」傾向があって,組織と部下を駄目にしそうなったから・・・もう,随分昔の話のことだけど,最初に部下を数人もった時,今まで自分でやっていた面倒な仕事を部下にやらせることで楽をするようになってしまった。一度楽をすると,それが癖になるんだ。あとは,言い訳ばかりするようになる。部下を育てるために自分は口を出さない。育成が忙しいので,新しい仕事ができないとね。
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坂本: |
それで,どうなったのですか?
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芦屋: |
仕事がくると,部下に渡し,あとは結果を聞くだけになったよ。相談されても,「自分で解決して」と言っていた。すると次第に部下は僕を頼らなくなり,積極的に相談しなくなった。
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坂本: |
なるほど。
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芦屋: |
こうなると,もう,僕には仕事は何も分からなくなった・・・何が起こっていて,何が問題なのかが分からない・・・次第に,部門の中で私の存在は希薄になっていった。そして,僕を別室によんで課長に叱られた。僕が君に言っていることと同じことを言われたよ・・・何も反論できなかった。気が強く,力をもて余していた僕に部下をつけるように動いた張本人は課長だった。課長は責任を感じていたんだろう。だから僕を叱った・・・そして,それ以降,僕は僕なりの上司的なものの見方をするようになり,マネジメントとは何かを考えるようになった。
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坂本: |
・・・
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芦屋: |
坂本,いいか。今回,君は初めて部下を持った。だから上司の視点でものを見るようにする必要がある。
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坂本: |
はい・・・でも,どうすれば?
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芦屋: |
君は上司としての訓練がまだ出来ていないんだ。だから,これから急ピッチでそれを身に付けていく必要がある・・・5つのアドバイスがある。
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坂本: |
5つの・・・どんな?
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芦屋: | そうだな,部下と君自身に役に立つもの・・・(1)部下を便利な作業者と思ってはいけない。あくまで自分で考えて,自分の責任で部下に任せなくてはならない。(2)短い期間でも放っておいてはいけない。報告,相談,連絡を密にしなくてはならない。(3)部下とのルールを決めなくてはならない。(4)指導の際には何が悪いのか,良いのかを納得させる説明をしなくてはならない。(5)仕事上の思想を持たせるようにしなくてはならない。 |
初めて部下をもった坂本に私は5つのアドバイスをすることにしました。
初めて部下を持つ人への5つのアドバイス(1)部下を便利な作業者と思ってはいけない。あくまで自分で考えて,自分の責任で部下に任せなくてはならない。(2)短い期間でも放っておいてはいけない。報告,相談,連絡を密にしなくてはならない。 (3)部下とのルールを決めなくてはならない。 (4)指導の際には何が悪いのか,良いのかを納得させる説明をしなくてはならない。 (5)仕事上の思想を持たせるようにしなくてはならない。 |
これらについては,次回以降に説明することにします。
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