今回は、これまで私が書いてきた本の中で、最も長く売れ続けている作品を紹介します。それは、『プログラマ養成入門講座Visual C++』(翔泳社刊)です。1999年に初版第1刷が発刊されてから2007年(今年です)の第20刷まで、何とビックリ9年間にも及ぶロングセラーとなっています。変化が激しいコンピュータの世界では、本当にめずらしい本だと思います。どうしてロングセラーになったのか、理由を振り返ってみましょう。「自分も本を書いてみたい」と思っている方に、少しでも参考となる情報を提供できれば幸いです。

ライターで食べて行けるような企画を考えよ

 翔泳社さんから執筆依頼をいただいたときは、涙が出るほど嬉しかったです。1998年ごろの私は、仕事が少なくて困っていたからです。「矢沢さんがライターで食べて行けるような企画を考えてください」と言われ、当時Windowsプログラミングで最も人気のあったプログラミング言語であるVisual Basic 6.0の解説書を提案しました。読者ターゲットは、最も数が多い入門者層です。

 入門者層を選んでも、コンピュータ書の読者ターゲットは、それほど広いものではありません。そこで、より数を多く売る工夫として、3部作にして1人の読者に3冊ずつ買ってもらおうと考えました。矢沢久雄という著者名ではインパクトが弱いと思ったので、もっと先生らしいペンネームを使うことにしました(現在の版も、ペンネームのままになっています)。さらに欲を出して、Visual Basic 6.0に次いで人気があったVisual C++ 6.0の解説書も3部作で提案しました。

 生活がかかった企画は、無事に受理されました。私は、毎日16時間書き続け、約半年ほどで6冊を書き上げました。今思うと、実にすさまじい書き方だったと思います。コンピュータ書は、寿命が短いものです。Visual Basic 6.0もVisual C++ 6.0も、いつかはバージョンアップします。そうなったら、本が売れなくなってしまいます。できるだけ早く発刊して、できるだけ多く売りたい。私は、必死に書いたのです。

売れたのは営業担当者さんのお陰です

 翔泳社の営業担当者さんが、そんな私を応援してくれました。三角に折って飾るポップを作ってくれました。そのポップを持って、主要な書店さんを回ってくれました。ポップは、とても効果的な販促ツールです。ポップを飾るには、本を平積み(本棚に並べるのでなく、台の上に積み上げて陳列すること)にしなければなりません。平積みにすると表紙が見えるので、読者の目にとまりやすくなります。

 営業担当者さんの努力のお陰で、Visual Basic 6.0の解説書もVisual C++ 6.0の解説書も、スタートダッシュで売れました。私も何か営業のお手伝いをしようと思い、専門学校に売り込みに行きました。「矢沢さんが講師をするなら」という条件で、買っていただけるところが見つかりました。嬉しかったです。50人の学生に6冊ずつですから、合計で300冊になります。1冊あたりの印税が240円ですから、300冊×240円=72,000円になります。私は、頭の中ですぐに計算しました。

ついにバージョンアップの時が来てしまった

 喜んでいられたのは、ほんの2、3年でした。2002年にマイクロソフトが、新しいWindowsプログラミング環境として.NET Framework 1.0をリリースしたからです。それにともない、Visual Basic 6.0はVisual Basic .NETに、Visual C++ 6.0はVisual C++ .NETにバージョンアップしました。特にVisual Basic 6.0からVisual Basic .NETへの言語仕様の変化は、すさまじいものでした。もはや同じ言語とは呼べないほどです。私のVisual Basic 6.0解説書3部作は、内容を改訂するぐらいでは対応できません。

 それなら新しいVisual Basic .NETに合わせてゼロから書けばき直せばよいと思われるかもしれませんが、そうは上手く行かない状況でした。あまりにも大きな変化であったため、プログラマがなかなかVisual Basic .NETに移行してくれないのです。相変わらずVisual Basic 6.0を使い続けるプログラマが多くいました。だからと言って、Visual Basic 6.0の解説書が売れ続けるわけではありません。今さら古いVisual Basic 6.0を学ぼうとする人など、いないからです。私のVisual Basic 6.0解説書3部作は、寿命が尽きてしまいました。

Visual C++ 6.0の解説書は生き残った

 それでは、Visual C++ 6.0の解説書3部作はどうなったかと言うと、ありがたいことに生き残りました。C++というプログラミング言語の仕様は、ANSI(米国規格協会)で定められています。マイクロソフトが勝手にC++の仕様を変えることはできません。そのため、Visual C++ 6.0からVisual C++ .NETへの変化は、Visual Basic .NETほど大きなものにならなかったのです。ANSIさん、ありがとう!

 そんなわけで、私のVisual C++ 6.0の解説書3部作は、ロングセラーとなりました。ラッキーだったのです。3部作の中で最も売れているのは、「はじめてのWindowsプログラミング」というサブタイトルが付けられている第1巻です(写真)。この記事を書くために、久々に内容を見てみました。Visual C++ 6.0自体の解説書と言うよりは、Windowsプログラムの仕組みを基礎から解説しています。これも、ロングセラーとなった理由のひとつでしょう。この本を執筆したときのWindowsのバージョンは、Windows NT 4.0でした。その後、Windows 2000、XP、そしてVistaとバージョンアップしましたが、Windowsプログラムの根本的な仕組みは、Windows NT 4.0時代と変わっていないのです。この本が売れ続けていることが、何よりの証拠でしょう。


これが9年間売れ続けているロングセラーです

 これまで私は、50冊ぐらい本を書いてきましたが、その半数ぐらいは既に絶版となっています。とっても悲しいです。収入が減って悲しいのはもちろんですが、それだけではありません。自分が精魂込めて書いた作品が消えてしまうことが悲しいのです。ライターとして、いつかは自分が死んだ後も生き続けるような本を書きたいと思っています。コンピュータ書では、ちょっと無理かなぁ...。