あなたは何業界で仕事をしていますか。IT業界、そうですね。ちなみにご勤務先は、製造業?サービス業? あなた自身の仕事は、主としてモノづくりですか?サービスの提供ですか? 

 無理に切り分けなくてもいいのですが、ITプロフェッショナルの仕事におけるサービスの側面に、最近ますます注目しています。

 もう何年も前のことですが、職場で「我々の提供するサービスについて」と話そうとしたところ、「我々はビジネスとしてやっているのだから、サービスではない」と言われ、がっかりしたことがあります。どうやら、「ランチセットを注文するとコーヒーはサービスです」のように、サービスという言葉が値引きとか無料という意味に解釈されていたようです。今では、日本特有のこのような捉え方は少なくなっていますが、注目したいのは機能としてのサービスのことです。

 ITプロの仕事の場合、例えば運用サービスというといかにもサービス提供という印象をもちますが、システム開発というとモノをつくって納品するわけですから、サービスと言われてもしっくりこない感じもします。では、システム開発の仕事にはサービスの要素は無いのでしょうか。そもそもサービスという仕事にはどのような特徴があるのでしょう。

短くなれば満足か

 サービスの仕事として、例えばヘアサロンをイメージしてみましょう(歯科医とかレストランとかホテルでもいいのですが)。髪をカットしてもらいたいと思ってヘアサロンに行くとします。この場合、髪を切ってくれないというのは論外で、髪が短くなるという成果は、ほぼ確実にもたらされるでしょう。しかし、そのプロセスには、ヘアサロンや担当者によってかなりの違いがありそうです。シャンプーの仕方は丁寧か乱暴か、施術中の会話は気の効いたものか煩わしいだけのものか、カラーリングの待ち時間を過ごす空間は快適か不快かなど、様々な要素を顧客は感じとり、それらの経験そのものが、結果的に顧客にとっての価値となっています。そのサービに対していくら支払おうと思うか、次回もまた頼みたいと感じるかどうかは、前髪が3センチ短くなったという成果と共に、そのプロセスに大きく左右されます。(もちろん、乱暴なシャンプーで洋服まで泡だらけになろうとも安ければOKという顧客もいます)。

 システム開発の場合にも、最終的に成果物を収めないということは通常ありえませんよね。そこで、モノの納品とともに顧客の満足に影響しそうなのが、それまでのプロセスといえるかもしれません。顧客企業のビジネスを十分に理解するためインタビューや打ち合わせを効果的に行う、顧客の要求にじっくりと耳を傾ける、できること・できないことの整理や要件固めを顧客からみて納得のいく方法で行う、突発事項にも誠意をもって対応するなどなど、成果物が完成するまでの過程で、顧客はITプロの行為を通じて様々な経験をし、それによって満足が形成されている可能性がありそうです。

顧客の協力あってこそ

 ヘアサロンで満足するサービスを得るために、顧客自身も結構そのプロセスに関わっています。「前髪あと3センチ短めぐらいの感じがいいな」と顧客が思っていたとしても、実はくせ毛なので雨の日にはクシャっとなって更に短く見えがちだとしたら、それを伝えておかないと、「ぴったり3センチ」切ってもらったとすると、後になって満足のいく結果にならないかもしれません。髪質についても相談しながらベストな方法を見つけたいものです。また、ヘアサロンに行った日はカジュアルな服装でも、普段の通勤はスーツが多いのなら、そのことも積極的に伝えないと、スーツに全く似合わないスタイルにされても困ります。「普段はどんな服装をされているのですか」とさりげなく聞いてくれると、スーツにも似合うスタイルを一緒に考えることができます。また、カットしてもらっている最中に居眠りをして頭がコックリコックリ動いてしまっては、いくら腕のいい担当者でもうまく切れないので、じっとしているという協力も必要です。丁度いいタイミングでマッサージやコーヒーが供されたりすると、顧客の側もリフレッシュして、しっかりとカットしてもらえる体制を維持できそうです。こうしてみると、ヘアサロンの側も顧客に協力を促すような工夫をいろいろとしています。

 システム開発のプロセスでも、顧客との協働が欠かせませんよね。顧客の協力を得られず苦労した経験がおありの方も多いことでしょう。顧客にうまく関わってもらうためには、例えば、いきなり「必要な仕様を述べてください」などと迫るのではなく、最終的なありたい姿はどのようなものかを顧客自身がイメージできるように手伝うとか、普段どういう状況でどういうことが起きているのかを語ってもらえるように尋ねるとか、或いは、前向きでリラックスしたムードの会議運営や懇親会の開催など、顧客が疲れずに機嫌よくそれらのプロセスに関われるような対応も必要かもしれません。各々のプロセスにおける顧客の協力を促す働きかけは、最終的な成果物そのものの出来栄えにも影響しそうです。

見えないから不安

 さて、このようにして提供されるヘアサロンのサービスですが、いくら評判が良くても、初めてのお店に行くには勇気がいりますよね。なぜなら、ヘアサロンのサービスは事前に見て確認できるものではなく、自分にとって満足のいくものになるかどうかは、実際に体験してみないとわからないからです。その上、一旦サービスを受け始めてしまうと、つまり前髪を切り始めてしまってからでは、もう元には戻せないという問題があります。結果やプロセスが不満であった場合は二度とそのヘアサロンには行かないでしょうし、逆に、結果とそのプロセスへの満足度が高ければ、リスクを覚悟して別のへアサロンを探すよりも、次回も同じヘアサロンを選ぶ人が多いでしょう。

 これもまた、システム開発にも当てはまりますね。他社の事例をサンプルとしてみることはできたとしても、それが自社にぴったりくるかどうかは、そのプロセスを始めてみないとわからないのですから、顧客は不安になります。そのため、サービスの提供側は、ブランド(イメージ)構築に力を入れたりもするわけですが、何より有効なのは、その顧客へのサービス提供における実績にもとづく信頼でしょう。システム開発において、成果物がきっちりと納品されることは最低限必要ですが(それ自体も容易ではないのですが)、顧客にとっては当たり前すぎて、そのことが大きな満足にはつながらないようです。営業やコンサルティングの段階から始まるプロセス全般で、一人ひとりのITプロが、顧客との接点におけるあらゆる行動を通じて顧客の満足を高めることが、次回の受注につながる要素となるのではないでしょうか。たとえ利益率が高くても、一度きりのビジネスでは、サービス業としてビジネスを継続していくのは難しいでしょう。顧客が心深く「次回も是非この人たちに頼みたい」と感じるレベルのサービスを提供することで、長期的な信頼を重ねていくことが大切そうです。

サービスする人

 モノづくりはSEの仕事の醍醐のひとつであり重要な要素だと思います。同時に、今みてきたように、一般に私たちが「サービス」と認識している仕事(ヘアサロンなど)との共通点もたくさんあります(*1)。ということは、ITスキルや業務知識などをスペックとして装備するほかに、先にお話ししてきたようなサービス提供者としての行動を、日常的に、しかも高度なレベルで行うとによって、ITプロフェッショナルは、顧客の支持を得てますます活躍することができそうです。(やたらに謙るとか何でも言いなりになることが最終的な満足に繋がるのかどうかは、よく考えておかなくてはいけませんが)。そんなITプロが増えて、満足度や価格の面でも、顧客企業・IT企業の双方が納得のいく関係を続けていけるといいですね。

 それから。サービスに対する顧客の満足と、職務に対する従業員の満足には関連性があるという説があります(諸説ありますが)。また、顧客の高いロイヤルティは従業員の高いロイヤルティによってもたらされ、それらは、ビジョンの共有をはじめ人事制度や権限委譲など社内の仕組みと関係するという説もあります。詳細は別の機会にしますが、個々のITプロの頑張りに期待するばかりでなく、ITプロの所属している企業の側にも、これまで以上にサービスを意識した制度や職場づくりの取り組みが必要と考えられます。

サービスはカッコ悪いか

 「サービスなんて上等な感じがしないし、なんだかカッコ悪い」というITプロの声を先日耳にしましたが、そんなことありませんよ。いまだからこそ、ハイコンタクト、ハイタッチの並外れたサービスを提供できることが、個人にとっても企業にとっても大きな強みになると思います。

 それでは、今日もイキイキ☆お元気に。

*1 結果とプロセスの重要性、顧客のサービス生産への関与、無形性などは、物財と比較したときのサービス財の特徴とされています。