2007年問題(いわゆる団塊の世代が,2007年に一斉に定年退職を迎えることで起こると予想される問題の総称)として議論されている重要なテーマの一つに,「技術の伝承」がある。「技術の伝承」の欠落は一企業のみならず,国家の発展に重大影響を及ぼす。今回は,この「技術の伝承」を取り上げたい。

「技術伝承」を危機に陥れる製造現場の請負制

 実を言えば,2007年問題における「技術の伝承」は,さして難しい問題ではない。例えば,団塊世代の該当者の定年退職を延長する,再雇用する,などの解決策が考えられるし,余り騒ぐこともない。むしろ,最近支配的になってきている「経営の仕組み」から来る「技術の伝承」問題こそ注目すべきである。何故なら,こちらの問題こそ解決策を見出すことが困難だからである。

 筆者の知る例を,いくつか紹介しよう。

 まず,製造現場の実態から。大企業A社のB事業所を訪ねたときのことだ。その異様な様子に最初は驚いた。だが,製造現場での外注・請負は今や世の中の常識である。製造現場のあちこちで,異なる作業服を着たグループが作業をしている。その上には「…鉄工」,「…製作」という社名看板が掛かっている。請負契約を結んだ“外注先”の作業員が,A社の工場内で作業しているのである。

 超長髪もいれば茶髪もいる。作業服をだらしなく着る者もいる。ブラジル人グループもいる。工場内の掲示や作業能率管理表などには,複数の国の言語が併記されている。彼ら外国人たちは,ある日突然消えてしまうケースが少なくないという。彼らの間で情報交換をして,雇用条件の良い方へ簡単に転職をしていくのだ。もちろん,彼らのほとんどはまじめに仕事に取り組んでいるのだろうが…。以上は,とりあえずB事業所の製造現場が目に飛び込んだ瞬間,筆者が感じた印象である。

 問題は,表面的な印象ではなく,制度そのものである。人件費を安く上げようとするだけの目的で,請負制という外注に依存する仕組みは,「技術の伝承」を危機に陥れている。

 A社のB事業所の製造現場で働く作業員の8割以上は,外注先の人間である。A社の社員は工場内に指導員が数名いるだけで,請負契約だから外注先の作業員には直接指示できない。指示は外注先の責任者を通さなければならず,隔靴掻痒(かっかそうよう)である。当然技術の伝承など思うに任せない。

 例えば,昔は作業者に技術を競わせたり,先輩が指導したりして,その中から優秀な者を作業班長などのリーダーとして育成していった。あるいは,技能オリンピック出場を目標に技術を磨かせる。そうして,やがて彼らが現場技術の中核的指導者になっていったりしたものだ。だが,今や作業者間の競争もなければ,現代の名匠的な最終目標を目指す作業者もいない。「技術の伝承」など極めて困難な状況で,それどころかほとんどの場合忘れ去られてさえいる状態だ。

スキルの“囲い込み”がソフトウエアの技術伝承を妨げる

 ソフトウエアでは,高い属人性が技術の伝承を妨げる。

 中堅企業C社は,公共団体の教育システムを受注した元請けのD社から,機器の組み込みソフトウエアを受注した。C社は設計部門のリーダーE氏を中心に,開発に取り掛かった。しかし,開発工程の後半にシステム・トラブルが多発して,納期に厳しい公共団体の要求納期の遵守が危ぶまれる状態になった。

 C社は問題解決のために人材を追加投入したが,無駄だった。何故なら設計部門のリーダーであるE氏が,部下2人を使い,徹底してクローズドな状態で作業していたからだ。E氏の上司は,ソフトウエアのドキュメント(成果物)の公開をE氏に要求したが,すべてE氏らの頭の中で行われていたため,ドキュメントがそもそも存在していなかった。E氏の考え方の問題もあるが,目の前の作業や対策に終われてドキュメントの作成まで手が回らなかったのだ。

 最終段階になっても,トラブルは収束しない。C社はソフトウエアを仮納品して,元請けD社の検収テストを受けることになった。この段階になって,E氏はD社の検査部門に出かけ,ソフトウエアを読み込んだ基盤を密かに交換した。想像を絶するような,驚くべき行為ではある。しかし,E氏のようなやり方は,トラブルにならないから表面化しないだけであって,C社では決して特異な例ではなかった。特に成果物省略などは,人手不足の小規模企業では珍しくない。

 成果物は,当然内容が明快で理解しやすいものでなくてはならない。システムのトラブル,システムの保守,後日のシステムアップなどには,成果物が拠り所となる。それが,内容が曖昧だったり,担当者の勝手な判断で書かれていては使い物にならない。ましてや,成果物が存在しないということは論外だ。優れた成果物を作成するためには,内容の明確化,記載方法の標準化,優れた成果物に多く接することなどが必要である。ここにこそ確かな「技術の伝承」が求められる。

外注依存の仕組みは再検証すべき時期に

 では,どのように対応すべきか。

 A社のB事業所に限らず,メーカーの多くは人件費削減を目的に,全面請負制など外注依存に傾斜している。だが,総合的にどうなのだろうか。B事業所における不良品の比率を見ると,社外に流出する不良品である“社外不良”の比率に大きな変化はない。だが,社内で発生する“社内不良”の比率は確実に増えている。やがて,社外不良にも影響は出るだろう。効率化の効果は意図通りに進んでいるのだろうか。企業や製品に対する愛着心に問題はないか。同じ職場の中での作業者格差の問題も懸念される。技術の伝承ももちろん問題である。

 この辺で,当たり前のように行われてきた外注依存の仕組みを再検証し,思い切って抜本的に見直す時期ではないのだろうか。早く見直した者が,未来を先取りできる。

 一方,C社では,難航に難航を重ねた公共団体向け教育システムのプロジェクトが終了すると,設計部門のリーダーだったE氏をライン業務から外した。E氏の技術力は抜群に優れていたが,ライン業務には不適と見なしたからだ。そして「成果物」の作成・整備を設計風土として定着させるために,E氏を成果物チェックポイントに配置し,専任とした。人手不足の中,しかも技術的に優れたE氏をラインから抜くことは大きな痛手だったが,背に腹は替えられなかった。人が育つまで,受注は制限した。C社の英断である。

 「技術の伝承」を確実に行うには,組織や人に思い切って手を入れたり,経営の仕組みを変えたりする革新的英断が求められる。でなければ,遠からず一企業だけでなく,国家的に後顧の憂いを残すことになるだろう。