日本経済新聞のコラム春秋(6月12日)で,次のように書かれていた。

 『月曜日から始めた24時間相談電話の名前『ねんきんあんしんダイヤル』も,いかがなものか。不安のタネを散々まきちらした当事者が『電話一本で安心』はないだろう』

 新聞も,テレビも,連日この「ねんきんあんしんダイヤル」を報道している。筆者は率直に,このねんきんあんしんダイヤルはダサいという印象を抱いている。

 筆者はCRMとコンタクト・センターについての専門知識と経験を持っている。この知識と経験をベースに,新聞やテレビとは違った切り口からこのねんきんあんしんダイヤルを批評してみよう。

「つながらないセンター」など論外

 テレビのニュースでは,「総呼数の3%強しかつながらなかった」と伝えていた。コンタクト・センターとしては失格である。明らかに予測と計画がいい加減だ。年金問題の中,「泥縄状態」で開設したであろうことを如実に示している。

 5000万件の宙に浮いたデータを考えると,最悪のケースで5000万コールは来るであろうことを想定しなければならない。このコール数は,コンタクト・センターにとっては天文学的な値である。

 世界で「年間」5000万コールの着信呼があるコンタクト・センターは,そういくつもない。米国でいうペンション・プラン(個人年金)を投資信託などで運用している金融機関のコンタクト・センターぐらいだろう。

 年間5000万コールを受け付けるとすると,推定で万人単位のエージェントが必要だ。筆者が過去に説明を受けたセンターで最大規模だったのは,米国の投資信託大手,フィディリティー・インベストメントのリテール部門である。エージェントの人数はなんと約3万人(当時)という。アメリカン・エクスプレスのコンタクト・センターも巨大だが,エージェントの人数を聞きそびれた。

 ニュース報道では,ねんきんあんしんダイヤルのエージェント数を800人程度に増やすそうだ。それでも,5000万コールの着信呼には対応できない。ねんきんあんしんダイヤルの1日の呼量は30万とも40万とも伝えられている。応答率を50%と仮定しても,万人単位のエージェントが必要だと簡単に分かる。

 平均通話時間は30分という。これは非常に気になるところだが,通話の内容を分析していないので,この時間をどれほど短縮できるかは分からない。

 とにかく,何をどうやっても「ねんきんあんしんダイヤルにはつながらない」という事態が続くことは間違いない。つまり,「ねんきんあんしんダイヤル」の開設は年金記録問題の対症療法にもなりえていないことが容易に分かる。

拡張するにも障害ばかり

 今,仮に「ねんきんあんしんダイヤル」のエージェントを限りなく増員できるとしよう。しかし,増員して対応するにも限界がある。

 まず,エージェントの人数だけの端末を用意する必要がある。報道によると,現在のねんきんあんしんダイヤルの問い合わせ対応用端末は,レガシーな情報システム設備と専用線でつながっているという。詳しくは分からないが,もし古い機種であったとすれば,処理性能上,端末数の増設には限界があると推測できる。少なくとも,万単位の端末増設は無理だろう。

 かつてのオンライン・システムをご存じの方は多いと思う。ホストの所在場所と端末装置との間を専用線で結ぶシステムは数多く使われていたが,端末数は多くともせいぜい数千台といったところではなかったか。

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