セキュリティ
増岡直二郎の「企業とシステムを救う ユーザーからの提言」

情報漏えい対策は経営陣の規律引き締めから

 金にまつわる醜聞が,政治の世界から姦(かしま)しく聞こえてくる。国民の政権や政党に対する支持率が下がり,やがて政治そのものが国民から見放される。由々しき問題である。

 企業の世界も同じである。昔は,これ見よがしの醜聞をよく見聞した。例えば,電線の残材を譲った取引先から渡された靴下の箱の底に万札が潜んでいた。馴染みの割烹で仲間とドンチャン騒ぎをしての帰り際,女将から「今日はどちらの下請けに付けておきますか」と密かに聞かれた。友人と遊んだゴルフ代を接待費で落とした。あるいは,許認可を司る小役人から高価な家電品を無償で取り付けてくれと言われて,指定された住所に行ってみるとクラブの女のマンションだった,などなど。

 こうしたあからさまな醜聞は,最近ではさすがに影を潜めた。とは言え,小悪事は相変わらずではないのか。悪事を働きながらぬくぬくと過ごしている輩もいようが,悪事に関わった個人・企業の多くはやがて身を滅ぼす。小悪事といえども,破滅の道への蟻の一穴になりかねない。小悪事が許されたり横行したりすると,そもそも企業の中で示しがつかない。

トップ・役員の規律の緩みは社内に伝搬する

 小悪事の横行が,不祥事につながった事例を1つ紹介しよう。中堅企業A社ではB取締役管理本部長が大のゴルフ好きで,配下の情報システム部門のC課長と一緒にソフト外注D社のゴルフ接待をしばしば受け,D社の社長と必要以上に親密な関係になっていた。B本部長はこれ以外にも,現時点では取引のない元取引先のE社と“定例懇親会”と銘打って,特定の退任役員を伴う泊りがけのゴルフ会を毎年企画したり,不必要と思われる会計士との懇親ゴルフを定例で開催したりと,何かと口実を作ってはゴルフ接待をしたり,受けたりしていた。そのB本部長,なんとA社でのコンプライアンス推進責任者である。

 一方,A社の一部役員は名所旧跡がある地域の支店へ夫人同伴で出張し,支店員に夫人の観光案内をさせることが,ごくまれにだがあった。トップはトップで,行きつけの割烹で取引先を接待した後,マッサージ師を呼ぶことを楽しみにしていた。マッサージ料はもちろん接待費で支払われる。

 この類のことは,現金に直接手をつけて私服を肥やしたものではないので,指弾することが難しい。しかし,社内には噂として流れ,社内の規律は当然ながら緩んでいた。

 あるとき,A社で数百名分の社員名簿全てが,どうやら社外に流出したと見られる事件が起きた。いかがわしいダイレクトメールがほとんどの社員宅に郵送されてきたことから,間違いなく情報漏えいが発生したと思われたのだ。厳しい調査の結果,A社情報システム部門にD社から派遣されていたFというSEの仕業であることが分かった。Fに協力を依頼された同僚が白状したのだ。

 しかし,調査の実施前から,情報漏えいの陰にB本部長,C課長とD社との結びつきを指摘する噂が社内に流れていた。トップはじめ一部役員たちの日頃の緩んだ規律は,社内から緊張感を奪っていた。その上,社内的に情報システム部門はかなり軽視されていたため,C課長は実績と力を誇示しようと,B本部長に必要以上に媚びていた。

 さらに,A社は発注額などで,D社を絞るだけ絞っていた。D社との間で,発注額の貸し借りもあったようだ。それを日頃見ている情報システム課員たちは,D社から派遣されていたSEたちをいじめることで自分たちのストレスを解消していた。社内全体の規律の緩み,社内における情報システム部門の冷遇,D社派遣のSEに対するいじめなどが重なって,情報漏えいは起こるべくして起こったと言える。

小悪事はやがて経営そのものを破壊する

 民間企業では,使われる金が税金でないため,問題が企業内で押さえ込まれて表沙汰にならないケースが多い。だが,はっきり「悪事」とは断定できないまでも,「小悪事」は結構横行していると見られる。例に挙げたA社の情報漏えい事件は,社内規律が緩みが蟻の一穴となった,ほんの一例に過ぎない。小悪事というカビがカビを呼び,企業をやがて腐敗させて,経営そのものを破壊することになりかねない。

 ところで,情報漏えいについては,重大な事故が多発することから世の関心を呼び,経営者も無関心ではいられなくなっている。セキュリティ事故の80%は内部犯行だとさえ言われる中,ハード・ソフト面からの対策・投資が行なわれている。しかし,これには問題がある。そもそも経営者は,金にならない投資には消極的である。セキュリティに対する投資など,できれば避けたいのが本音である。従って,セキュリティ投資は嵐が吹き荒れているときは関心を持たれるが,嵐が過ぎ去ればどうなるか分からない。真っ先に削られる投資の第一候補である。

 それに,ハード・ソフトで従業員をがんじがらめにすることは,社内のモラールに悪い影響を及ぼす。ITproサイト「記者の眼」で,日経コミュニケーション堀越功記者が,非常に興味のある記事を掲載している。ソフトバンクBBの「高セキュリティ・エリア」入室体験記である。以下,印象的だった個所を引用させていただく。

第一印象は,そこで働く人に申し訳ないが「ここでは働きたくない」という気持ちだった。ここまで疑いの目で見られては,働く気が失せるからだ。(…略…)業務への支障も出ている。(…略…)従業員の入退室の際に金属探知機の前に長蛇の列ができるシーンもあった。それだけで生産性は確実に落ちる。

 情報漏えい対策の基本は,「小悪事でさえ徹底して絶ち,厳然たる規律を守ること」を社内風土として定着させること,そのためには経営者は私生活を律すること,そして「情報システム部門員や派遣SEの仕事や存在を十分認めること」である。ES(Employee Satisfaction:従業員満足)にも,意を用いるべきである。このことは,事例として紹介したA社における,役員の姿勢,および情報システム部門員,派遣SEらの振る舞いなどからも言える。例えば,派遣SEの給与はたいてい低いが,ES策でカバーして不満を最小限に抑えることはできる。

 ハードウエアやソフトウエア面の対策が功を奏すのは,これらの手を打った上でのことである。

 これについて示唆のある言葉がある。プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパンのラヴィ・チャタベディ社長のものだ。「(徹底した誠実さと正直さの追及について)この価値観は社員みんなが持っています。仕事だけ誠実,正直であって私生活はまた別,というのは不可能です」(ISSコンサルティング編「外資系トップの仕事力」ダイヤモンド社)。

 [2007/06/21]

著者プロフィール

 『日立製作所・八木アンテナなどで,経営から事業企画・製造・営業・情報システムなど幅広く経験。現在は,naoIT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。主な著書「IT導入は企業を危うくする」「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(いずれも洋泉社)』。ITproでの過去の掲載記事は増岡直二郎バックナンバー一覧へ。

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