自称ソフトウエア芸人の私には、講師とライターという2つの芸があります。これまで「講師ヤザワのセミナー日記」と題して、私の講師経験をお話ししてきました。今回から「ライター矢沢の著作日記」と題して、これまで私が書いてきた書籍や記事にまつわる経験談を披露させていただきます。「自分も書籍や記事を書いてみたい」と思っている方に、少しでも参考となる情報を提供できれば幸いです。記念すべき第1回は、私の著書の中で最も売れた『プログラムはなぜ動くのか』がなぜ売れたのかを振り返ってみます。

構想がまとまらないまま連載スタート

 『プログラムはなぜ動くのか』は、プログラマ向けの月刊誌である日経ソフトウエアに1年間(2000年7月号~2001年6月号)連載していた記事を書籍化したものです。この記事の企画は、当時の編集長からの発案です。「最新技術ばかりでなく、基礎を学ぶ記事が1つぐらいほしい」とのことでした。これまでになかった記事です。

 企画は出たものの、どのような内容にするかは決まっていませんでした。編集長と私は、編集部で真面目に打ち合わせるだけでなく、お酒を交えた気楽な打ち合わせも3回ぐらい行いました。ところが、お互いに何となくイメージをつかめても、「これだ!」というアイディアが一向にまとまりません。せめて12回の連載の半分ぐらいのテーマを決めておきたかったのですが、「第1回のテーマはCPUにしよう」ということだけが決まった時点で、連載開始となってしまいました。

書籍化の話があったときは売れると思わなかった

 毎月毎月その都度テーマを考えながら書いていたので、ちょっとヒヤヒヤものの連載でしたが、何とか1年間続けることができました。「よかった!よかった!」「それでは、次の連載をスタートしよう」ということで、私は当時リリースされたばかりのC#(.NET Frameworkのためにマイクロソフトが開発した新しいプログラミング言語)の解説記事を書き始めました。「すすめ!C#」。なかなか奇抜なタイトルで気に入ってました。

 編集長も私も『プログラムはなぜ動くのか』を書籍化しようなどとは、まったく考えもしませんでした。ところが、ある日、日経BP社の書籍部門の担当者さんから、書籍化の話が持ち上がったのです。雑誌記事として終わってしまったものが、再び日の目を見るのですから、ライターとしては嬉しいことです。私は、二つ返事でOKしました。

 雑誌記事の時は、読者ターゲットはプログラマに絞られているので、それに合わせた内容(やや難しい内容)になっています。書籍化されると読者層が広がるので、「プログラマならわかるでしょう」みたいな書き方をしている部分に説明を加えなければなりません。説明が必要な部分を、書籍の担当者さんに指摘してもらいました。さらに、より読みやすくするために、「あなたなら、どんな風に説明しますか?」というタイトルのコラムを追加することになりました。およそコンピュータに縁がないような人に、コンピュータの仕組みを説明するという内容。こういうジョーキングな記事を書くのは、始めての経験でした。

 「売れる」とも思っていませんでした。「売ろう」という欲もありませんでした。そのため、書籍化のための作業は、とても気軽に行えました。今年の3月に改訂版(第2版)を作る際に、あらためて全文を読み直してみましたが、肩が凝らないというか、なかなか読みやすいなぁ、と自分でも思いました(気軽に書いたからでしょう)。

なぜ売れたかわからない

 「矢沢さんの本が、アマゾンで1位になってます!!!!!」日経BP社から連絡をもらい、すぐにWebを見てビックリしました。コンピュータ書の分野だけでなく、すべての書籍を交えた総合ランキングで、『プログラムはなぜ動くのか』が1位になっているのです。

 アマゾンで1位に輝いていたのは、ほんの短い期間でしたが、その後も『プログラムはなぜ動くのか』は売れ続け、トータルで約20万部に達しました。教科書採用してくれている学校もあり、現在でも春になると増刷がかかります。翻訳されて、韓国と台湾でも発売されています。ボツになってしまいましたが、英語版の話もありました。これは、私のライター人生の中で、夢のような出来事です。これまで書いてきた書籍は、初刷りが3,000部ぐらいで、もしも増刷になったら万々歳というのが普通だったからです。

 なぜ売れたのでしょう?私には、わかりません。いろいろなことを言う人がいます。一番多いのは「タイトルがよかった」です。「○○はなぜ○○なのか」という疑問調のタイトルは、それまで日経BP社では使われないものだったそうです。日経新聞の関連会社だからでしょう。もしも日経新聞の記事のタイトルが疑問調だったら変ですよ。「景気はなぜ好調なのか」では、スポーツ新聞みたいです。そうであっても、あえて「プログラムはなぜ動くのか」という疑問調のタイトルを付けた編集長のアイディアがよかったのです。『プログラムはなぜ動くのか』が売れてから、コンピュータ書に限らず、疑問調のタイトルの本が増えたような気がします。

 次に多いのが、「内容がよかった」です。これは、ライターにとって嬉しいお言葉ですが、最新技術ばかりでなく、基礎もテーマに加えようと考えたのも編集長です。私のアイディアではありません。編集長、そして編集を担当してくれた記者さん、本当にありがとうございました。

 「表紙がよかったから売れた」という人もいます。これもあると思います。友人からは「フレミングの左手の法則みたいな表紙だね()」と言われるのですが、人の手をデザインした目を引く表紙です()。表紙を見ただけで、思わず手にとってみたくなる本です。デザイナさんのお陰です。


図:フレミングの左手の法則みたいだと言われた表紙

 「雑誌連載時にマーケティングが済んでいた」と経済評論家のようなことを言う人もいます。連載時の読者アンケートハガキを集計すると、毎回それなりに好評であることがわかっていました。基礎をテーマとした書籍を読者が求めていたのです。

とにかく書き続けるしかない

 いずれにしても、ライターである私のお陰というのは、一つもありません。これは、決して謙遜して言っているのではありません。どんなに素晴らしい内容の本であっても、チャンスに恵まれなければ売れません。逆に、それなりの本であっても、チャンスに恵まれれば売れます。それでは、チャンスとはなんでしょう。

 それは、価値を認めてくれる人との偶然の出会いだと思います。連載記事を読んで書籍化の話を持ち出してくれた担当者さんが、『プログラムはなぜ動くのか』の価値を認めてくれたのです。ただ書籍化するだけでなく、とても力を入れてPR活動をしてくださいました。だから『プログラムはなぜ動くのか』は売れたのでしょう。それでは、どうしたら出会いがあるのでしょう。

 これは、とにかく数多く書くしかありません。私は、これまでに書籍を50冊程度、雑誌やWeb記事をその20倍ぐらい書いてきました。自分で最高傑作と思った書籍が、まるきり売れないこともありました。いい記事が書けたと思っても、読者の反響が思いのほか低いこともありました。それでも書き続けていたからこそ、チャンスをもたらす出会いがあったのです。著作に限らず、どんなことでも、くじけずに続けるということが大事なのだと思います。