「サービスのプロダクト化」。日本IBMの遠藤隆雄常務執行役員がこんな表現を使って説明するのは、07年4月から提供を開始したBPS(ビジネス・プロセッシング・サービス)だ。5月には、それを支えるITインフラ・サービスも別メニューで用意し、日本IBMはITサービス市場で成長率の高いアウトソーシングの市場開拓を急ぐ。

 BPSは業種・業務アプリケーションをインターネット経由で活用する方法。普通ならASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)もしくはSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)と呼ぶものを、IBMはあえてBPSと呼ぶ理由はどこにあるのだろう。「プロダクトのサービス化」を志向するSaaSを掲げる多くのITベンダーと異なる姿勢を見せるのは、その先にあるBPS導入ユーザーの経営改革を睨んでのことのようだ。

 1つは、04年に立ち上げたBTO(ビジネス・トランスフォーメーション・アウトソーシング)に発展させる狙いがある。経理財務や人事、コールセンターなどの業務プロセスの一部をアウトソーシングするBTOユーザーは約20社と少ない。だが、「この領域は(アウトソーシング事業の)成長を支えるもので、飛躍的に伸ばしたい」(遠藤氏)。そこで、BTOの敷居を低くし裾野を広げるためにBPSを投入したわけだ。BPSで、インターネット経由で標準化した業務プロセスを提供し、コスト削減やプロセス改善による効率化を実現させる。次の段階でBTOに進んでもらうという二段構えの作戦である。

 実はルイス・ガースナー会長時代、IBMはアプリケーション分野に進出しないとし、独SAPなど外部の有力なアプリケーションを扱う方向に進み始めた、その一方、03年頃からDB2やTivoli、WebsphereなどIBM製ミドルウエアの周辺を拡充するため、独立系ミドルウエアベンダーを次々に買収した。ITインフラを整備するためで、これが一段落した05年頃から医療や生保、さらには金融機関のローン、資材調達、売掛金債権回収などアプリケーション・ベンダーの買収へと舵を切ってきた。

 02年にCEO(最高経営責任者)に就いたサミュエル・パルミサーノ現会長時代になり、こうした方向に変わってきたのは、主戦場の一つがアプリケーションにシフトしたと見たからだろう。「世の中の流れの変化がある。オープンソース・ソフトの登場で、無料のOS、無料のミドルウエアが出てきた」(BTO事業BPSソリューション担当の桐澤大氏)。このため、IBMのミドルウエアを組み合わせた共通のITインフラとアプリケーションをセットで提供しようとする方向にも進み始めた。共通インフラの上にSOA(サービス指向アーキテクチャ)にそった複数のアプリケーションを活用できる環境が整ってきたからでもある。

利益率の向上へ

 BPSが提供する標準プロセスは、IBM社内で実績を積んだ経理や人事、購買などからになる。「グローバルで長年蓄積してきた経験をもとに業務プロセスを標準化したもの」(遠藤氏)で、早期に効果を出せるように2~3カ月の短期導入を可能にする。IBM社内で活用した購買プロセスから提供を開始し、売掛債権回収、人事業務などへと広げていく。従量課金に加えて、一部のBPSには成果報酬型契約も取り入れ、年内に100社以上の顧客獲得を目指す。日本IBMにとって、BPSは個別開発より粗利益も高い。「SIのように提案を含めて商談が長期になり、コストもかからない」(遠藤氏)メリットもある。

 第一弾となるBPSの内容を見ると、SAPなど主要アプリケーションを補完する意味合いが強いようだ。売掛債権回収はその一例で、多くのユーザー企業が基幹業務システムを構築済みだからだという。だが、いずれERP(統合基幹業務システム)やSCM(サプライ・チェーン管理)、さらには金融など業種特化アプリケーションの領域まで踏み込む可能性もあるかもしれない。既に金融機関や医療関係のバックオフィス系アプリケーション・ベンダーなどを買収しており、日本市場にどこまで適用可能なのかを検証する段階に入っているという。

 その一方で、07年5月にSaaSのITインフラとなるアプリケーションズ・オンデマンド(AoD)を発表した。これまでの構築・運用の経験から得たITインフラやサービスを標準化したもので、05年に買収した米コリオ社のASPテクノロジーなどを活用している。まずは日本で最も多いSAPユーザー向けに売り込む。自前で装備するより、最大でコストを50%削減できることと、3~12週間という短期導入を訴求し、富士通やNEC、日立製作所など国産ベンダーが獲得したSAPユーザーなどに食い込む考えのようだ。IBMは10月に日本IBMをアジアパシフィックから本社の直轄にし、よりグローバルな戦略を展開する方向に進むことも背景にありそうだ。

 こうした中で、システム構築事業に主軸を置く富士通やNEC、日立など国産ベンダーはパッケージ開発で出遅れ、さらにSssSなどオンデマンド型サービス事業でも後手に回っている。利益率が低下するシステム構築主体で事業拡大を図るのは容易なことではない。収益に大きく影響するトラブルは減らない。国産ベンダー各社が世界に通用するサービス提供を用意できかが成長のカギを握る。

注)本コラムは日経ソリューションビジネス07年5月15日号「深層波」に加筆・修正したものです。