私はWebアプリケーションの魅力にとりつかれていました。ブラウザがあればどこからでも使える! ソフトはサーバー側にあればよい! メンテナンスも楽! ソフトを作るのも比較的簡単! すごい,すごい。これは世界を変える。これを事業にしたい。いても立ってもいられなくなった私は,社内向けに作られたこの「行き先案内板」を,自分のお客様のところにも導入するよう勧めて歩きました。

 しかし,お客様の反応は,私が予想していたものとはかけ離れていました。

お客様:「ネットワークがつながっていないと使えないよね」。
:(いやいや,もともとネットワークソフトですから…)

お客様:「ユーザーインタフェースが使いにくいよね」。
:(インターネットでの標準的な使い勝手であるところがいいと思いますが…)

 1996年当時は,Webブラウザを使ってインターネットを使う習慣はまだ一般的ではなく,パソコンはエクセルやワードを使うためのものでした。そう考えれば,お客様の反応は至極当然。Webアプリケーションのよさを理解してもらうには,まだ何年か必要でしょう。しかし,私は我慢できませんでした。世界は広い。このよさをわかってくれる人は,きっとたくさんいる。

制約の中から生まれるイノベーション


 当時,一緒にシステムインテグレーション事業をしていた高須賀さん(サイボウズ初代社長)は,一件一件提案して回るのではなく,パッケージにしたらどうかとアドバイスしてくださいました。いや,もっと強い口調でした。「青野さん,ビジネスを大きくするならパッケージや。パッケージで儲かる仕組みを作らなあかん」。その言葉に完全に感化された私は,高須賀さんを中心にグループを作り,パッケージソフト・ビジネスの企画を進めていきました。

 開発するのにいくらかかりそうか。CD-ROMに焼いて,箱詰めするのにいくらかかりそうか。それを流通に流すのに,どれだけマージンを払えばよいか。もし,ソフトに大きなバグがあって,回収しないといけなくなったときは…。計算すればするほど,大きなコストと事業リスクが見えてきました。

 しかし,あきらめるわけにはいきません。なにしろ「世界を変える」ソフトですから。わかってくれる人はたくさんいるはずですから。世界中のホワイトボードが置き換わっちゃいますから。そして,大喜びしてもらえますから。私,やりたくて仕方ありませんから。

 CD-ROMや箱,流通にお金がかかるのなら,それをかけない方法を編み出すまでのこと。パソコン通信の時代から,シェアウエアやフリーウエアは,ネット上で流通させる文化があります。まだ一般的ではないかもしれないけれど,企業向けソフトとしては珍しい手段かもしれないけれど,ネット上で配布すれば,かかる費用は大幅に縮小できる。こうしてビジネスモデルは固まっていきました。これが,その後,サイボウズが徹底して実践した「ビジネスソフトのインターネット直販」につながります。

 よく「制限があるから,やりたいことができない」という言葉を耳にすることがあります。しかし,「制限があるから工夫が生まれ,イノベーションが起きる」。それも真実ではないかと思っています。