どこの企業も「CS(Customer Satisfaction:顧客満足)だ,CSだ」,あるいは「顧客第一だ」と騒いでいるが,顧客はそうした企業に果たして満足しているのだろうか。

 顧客満足は,企業個々の対応の仕方や顧客個々の感じ方の問題だから,一般論にくくって論ずることに無理があろう。しかしそうは言っても,改正消費生活用製品安全法の2007年5月14日施行に伴って,連日公表される製品事故。しかも,人身事故や火災につながる事故,あるいは保険金不払いの詐欺まがいの事故など顧客無視の事故が非常に多い。一方,次々と執拗にダイレクトメールで攻め立てられる実情などから,顧客が満足しているとはとても思えない。

 企業の側を見ても,「CS」や「顧客第一」の手が具体的にかつ有効に打たれているかとなると,いささか疑問がある。特にCS向上の重要な一手段となるはずのITは,有効に機能していると言えるのだろうか。それを検証し,CS向上のためのITの課題を考えてみたい。

顧客満足向上どころか業務改善にも役立たなかったメーカーA社のCRM

 CS向上のためのITとしては,まず,CRM(カスタマ・リレーションシップ・マネジメント)がある。

 小物家電品メーカーA社では,CS向上がセールスポイントのS社製CRMパッケージを導入した。閉塞状態の市場環境の中で,CSが重要だと考えた営業担当役員Bの主導である。しかし導入2年を経て,役員Bは,CRMの導入効果について確信を持てなくなった。

 CRMパッケージは,ホームページからのセミナー申し込みや,商品仕様・トラブルなどの問い合わせに対して適切な回答を準備するなどの機能を提供する。これらの機能は,顧客にとっては便利で嬉しいことだろう。しかし,CRMパッケージのメイン機能である営業マンのスケジュール管理,受注と売上高情報分析・顧客情報提供などから,顧客がどれだけの直接的満足を得られるのかは分からなかった。

 役員Bの相談を受けた筆者がA社内の調査をして,実態が明らかになった。CRMは顧客満足を向上する遠因になるはずだった。しかし実際は,管理のための道具としてしか使われておらず,営業担当者たちはCRMの運用を負担に感じていた。

 例えば,彼らはトラブル発生顧客やA社との間で受注オンライン・システムを導入済みの顧客への訪問スケジュールの入力を省いた。スケジュールが記録されていると,上司からトラブル発生の内容を執拗にとがめられる,あるいはオンライン・システムを導入済みの顧客への訪問は不要だと叱責されることを嫌ったからである。また,一部の営業担当者は自分の顧客を囲い込むために,システムへの顧客の最重要情報の入力を差し控えた。

 こうしてCRMは顧客満足向上どころか,A社内の業務改善にも役立っていなかったのである。その原因は,CRMを導入する際,その趣旨の社内徹底や,趣旨を実現するためのシステム面の工夫,あるいは営業担当者を始めとするユーザーの啓蒙を疎(おろそ)かにしたことにあった。

顧客満足よりも顧客管理が優先されるコールセンター向けCRM

 次に,コールセンターである。例えば,日用品販社CはコールセンターにM社製の自動音声応答機能を持つCRMシステムを導入した。センターの担当者にとって同システムは,顧客情報や顧客との過去のやり取り,必要な入力画面などが一画面に現れるので便利である。顧客にとっても,電話対応者が過去の履歴情報から自分の状況を知っているので,安心感を持てるはずだった。

 しかし,問題があった。例えば,顧客をイライラさせる。M社製に限らないが,自動音声応答機能は「(プッシュボタンの)ご希望の番号を押して下さい」と言って,次々と選択を迫り,顧客はなかなか目的にたどり着けない。フリーダイアルならまだしも,これが有料の通常回線であれば,顧客にはますますいら立ちが募る。そもそも基本機能そのものが,顧客のことより自社の事情や効率を優先している。「顧客を管理する」という基本認識に立つC社は,そのことに気づいていなかった。

 ユーザーC社の運用上の問題だけでなく,システムを供給する側にも問題はある。コールセンター向けシステムの多くは,顧客満足向上を強く前面に打ち出している。その根拠として「顧客とのやり取りをログ蓄積できる」「蓄積データを新商品開発に利用できる」ことを挙げる。それらは間違いではないが,システム機能そのものや運用の仕方に,CSに直接結びつく視点からの大きな工夫の余地があるだろう。

 CRM以外に,SFA(Sales Force Automation)も,顧客満足向上に寄与できるITの一つと言える。SFAの狙いの一つは,営業活動への支援機能によって営業マンの顧客対応時間を増やし,質を向上させることである。しかし,情報入力に手間を取られる,上司から入力情報について必要以上にチェックされるなどで,営業マンを悩ませているケースが少なくない。

CSを向上するには,まず従業員満足を向上させよ

 以上から,ITによってCSを向上させるには,いくつかポイントがあることが分かる。

  1. システムの機能を検討するときから,顧客満足を優先させるか,社内事情を優先させるかの判断が求められる。当初から社内事情を優先させておきながら,顧客満足に大きな期待を寄せるのは間違っている
  2. 顧客「管理」,従業員「管理」のために運用しては,顧客満足は忘れられる。営業マンに過度のメンテナンス負担を強いるのも良くない
  3. ITに頼りきらずに,顧客に直接会う機会を増やすこと

 例を挙げよう。需要を発掘するために蓄積された情報を利用してダイレクトメールや提案営業を行うことがある。しかし,押しかけられる顧客から見れば,迷惑千万である。営業には,「何かお困りのことがありますか?」と問う姿勢が基本的に必要である。例えば,顧客がホームページで問いながら,いくつかの選択肢から入っていく方法を考えるべきだろう。

 検索サービスでの目下の主流は,欲しい情報を自分で探しにいくセルフサービス型の「検索エンジン」だが,Googleなどは欲しい情報が向こうからやってくるウエータ-型の「推薦エンジン」を模索しているという(日本経済新聞2007年6月1日付記事)。この話は,顧客満足を目指すシステムに対して示唆に富む。

 あるいは,顧客や従業員を「管理」するという意識を払拭するべきだ。「顧客が満足する」,そのために従業員の時間を作り出すという認識で,システム運用の方法を模索すべきだ。

 従業員の時間が足りなければ,顧客企業を訪問する回数も減らさざるを得ない。リアルタイムの受発注オンライン・システムを顧客企業との間で構築して営業マンの訪問回数を減らしたメーカーが,地道に訪問を続けた競合メーカーにシェアを奪われた例もある。

 実はそういう発想に立てるのは,従業員満足(ES)が満たされているときである。従業員が仕事に充実感を持てず,人間関係に悩み,待遇に不満を持っていたら,とてもCSを念頭に置くことはできない。従業員は,自分のことで精一杯になり,システム構築のときも運用のときも顧客に会っているときも,心底から顧客のことを慮(おもんばか)る余裕などない。

 CSには,まずESが前提となる。その上でシステム構築から運用まで「管理」を排除して,「顧客が満足する」という意識を基本におかなければならない。そして,あくまでも「顧客に直接会う」ことを原点におくべきである。