大手ユーザー企業で、マルチベンダーによるシステム開発・運用体制の維持に黄色信号が点り始めたようだ。力のある情報システム部門がマルチベンダー体制を採るのは、高品質のSI/運用サービスをできるだけ低コストで調達することに尽きる。ところが、昨年あたりから雲行きが怪しくなった。競わせるはずのITベンダーがベタ降りして、提案段階で競合状態にならないケースも増えてきたという。
この現象、ITベンダーから見れば簡単に解釈できる。いわゆる選別受注の“成果”である。少し前の大赤字プロジェクト続発に懲りたITベンダーは、今やプロジェクトの採算性を厳密に管理している。その結果、“不良ユーザー”との取引はもちろん、先進ユーザーとの取引でも「降りる」という選択肢が増えてきた。むしろ先進ユーザーを相手にする方が、リスクが高まるケースが多いからだ。
大手の先進ユーザー企業の案件は当然、大型案件が多い。しかも、こうしたユーザー企業のシステム部門は能力が高いから、要件にも曖昧性が少ない。一見すると、ITベンダーとして喉から手が出るほど欲しい案件と思われるが、実はそうではない。要件に曖昧さが少ないということは、ユーザー企業にとってリスクが低いということであり、投資額にリスク分をアドオンする必要がない。つまりITベンダーから言えば、料金面でかなり厳しい案件となる。
とはいえ既存のITベンダーなら、厳しい料金水準でも利益が出せる。既存システムの構築・運用を手掛けており、その案件の件で顧客と常時接触しているため、リスクを回避するための情報をたっぷり蓄えて提案に臨むことができるからだ。ところが、新規のITベンダーはそうはいかない。既存のITベンダーに比べ、案件に関する情報が決定的に不足している。情報不足はリスクであり、リスク管理を徹底させる以上、その分を料金に上乗せしなければならず、最初から勝負にならなくなる。
もちろんユーザー企業も、商談に参加してほしいITベンダーに対しては、RFPを出す前から積極的に情報を提供して提案を出してもらうべく努力している。しかし昨今は、ご存知の通りの技術者不足。リスクを冒してまで取りにいく必要はない。優秀なSEを提案活動に貼り付けるコストも馬鹿にならない。かくして、ユーザー企業が提案を見込んでいたITベンダーが次々と提案を辞退する、あるいは形式的な提案でお茶を濁すといったことがちょくちょく起こっていると聞く。
こうして複数のITベンダーを競わせて、さらなるコスト削減を引き出そうというユーザー企業の目論見はもろくも潰えることとなる。結局、既存のITベンダーが“適正価格”で受注することになる。マルチベンダー体制と言っても、なんのことはない。それぞれのシステムでITベンダーが異なっているだけで、個々のシステムごとを見ればリプレースの際にも既存ベンダーが指定席を確保するという“シングルベンダー体制”にすぎなくなる。
さて、こうした事態はユーザー企業にとって由々しきことだろうが、ITベンダーにとっても困ったことだ。確かに、「戦略案件」などと称して、何でもパクついた以前に比べると大きな進歩だ。しかし、大手の先進ユーザー企業にはインド企業などオフショア活用の選択肢も出てきている昨今、新規案件を獲得しようとか、顧客内シェアを上げようとかいった“ガッツ”をITベンダーが失ったらマズイと思う。原価企画を提案して、ITベンダーとユーザー企業がコスト削減に向け共に知恵を絞るなど、前向きな提案はいくらでもできるはずだ。