図:ネクスウェイのWebサイト
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写真:ネクスウェイの小沢泰彦氏(左)と長田陽子氏(右)
写真:ネクスウェイの小沢泰彦氏(左)と長田陽子氏(右)
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 顧客の獲得と維持は,企業が存続するために必要な根源的な課題である。企業は様々な施策を展開している。その施策が妥当であれば,顧客は獲得できるし,維持もできる。だが,思いのほか苦戦している企業が多い。

 実際には顧客の獲得と維持を無意識のうちに実施している企業が多い。うまくいっている局面ではそれでも構わないだろうが,ひとたび難局に陥ると,それでは回復のしようがない。

 そこで筆者は,顧客の獲得と維持はどのような考え方で,どう実行すべきかを紹介したい。ファクシミリを使った事業で成功しているネクスウェイという企業がある。いまどきファクシミリ,と思う方もいるだろう。そこがポイントだ。

 これから数回にわたって,ネクスウェイを事例に,顧客の獲得・維持活動の実際を解説しよう。

「ファクシミリ使い」の優等生

 「日本の優秀企業研究」と題する書籍をご存じだろうか。日本経済新聞社から刊行されたこの書籍は,独立行政法人経済産業研究所が実施した調査研究の結果をまとめたもので,たいへんな力作だと筆者は感じている。著者は,調査研究を手がけた新原浩朗氏である。

 この書籍中に,興味深い記述がある。

『…事業の選択と集中ということ自体は,うまくいっている企業,うまくいっていない企業を問わず,今や,たいていの日本企業が主張している。

 良好な成果を挙げる企業とそうでない企業が区別された要点は,その会社がやらないこと,やめなければいけないこと,やるべきでないことを問われた場合に,それらが明確になっているかどうか。優良企業の経営者については,ある事業について質問を受けたとき,「それは,うちの仕事ではない」と断言するケースが多く見られた。

 うまくいっていない企業の場合,個々に現在やっている事業を1つ1つ脈絡なく読み上げ,読み上げ終わるとこれらが企業のコンセプトであるといった説明になってしまうケースがあった。…』

 この文脈で考えると,これから事例研究を試みるネクスウェイは,事業に明確な筋が通っている。同社はもっぱらファクシミリの送信サービスと販売促進に事業を集中してきた。その集中ぶりを見るに,筆者は極端すぎるとの印象を抱くほどだ。

 Webサイトに掲載されている事業の沿革を読むと分かるが,同社はファクシミリを利用した様々なビジネス・ニーズを開拓してきた。最近はインターネットの隆盛を背景に,ファクシミリという前時代のメディア(媒体)から,ネットを使った販促支援の領域へとサービス提供を拡げつつある。

 ただ,それでもビジネスの根幹はファクシミリだ。「いまどきファクシミリか」と感じる方もいるだろう。だが,このファクシミリはまだまだあなどれないビジネス・ツールである。

ファクシミリという「市場機会」

 ネクスウェイはファクシミリの一斉同報という,当時としてはユニークなアイデアを事業の根幹として打ち立てた。1985年にリクルートの一部門として創業して以来,約9000件の法人契約を積み上げてきた。2004年にリクルートから分社独立して,現在に至る。

 ファクシミリ機には同報機能が備わっている。この機能を使えば,例えば見込み顧客100カ所に販促チラシを送信する,といったことが可能である。ただ「同報」とは言っても,実際には1件ずつ順番に送信している。つまり,その間は回線がファクシミリの送信に占拠されるため,ほかの業務はストップしてしまう。大企業ならともかく,中小企業にはファクシミリ用の回線を複数引き込む余裕はない。

 ネクスウェイはここに着目した。顧客から送信リストを預かり,同報を引き受ける。顧客にとっては,これまで販促チラシを100カ所に送っていたのを,ネクスウェイ1カ所に送ればいいのだから,単純計算で時間を100分の1に短縮できる。

ファクシミリの再評価

 「これだけインターネットが騒がれている今だが,ネクスウェイの顧客について言えば,最近ファクシミリへの回帰現象が顕著に見られる」。小沢泰彦 マーケティング・ソリューション推進部エクゼクティブ・マネジャーはこう語る(写真左)。

 インターネットの普及を背景に,ここ数年,販売促進メッセージの伝達手段はファクシミリから電子メールへとシフトし続けてきた。しかし同社によると,電子メールとファクシミリでは,受け手が感じる販売促進メッセージが違う。つまり,発信側は同じ内容でも電子メールとファクシミリで露出方法を変えれば,また違った効果を得られるというわけだ。

 例えば,オフィス向け通信販売会社の販売促進メッセージは,電子メールによらずにファクシミリによる方がレスポンスが良い。ファクシミリで送った販売促進メッセージ(紙)は,宛先に書かれた受信人に届くまでの間,アシスタントや部下など,数人の関係者を経るのが一般的だからだ。つまり,電子メールよりファクシミリの方が露出量が多くなるわけだ。

 電子メールでは,部署内の誰かに転送されるとは限らない。ファクシミリの場合はメッセージの露出が1対nになる可能性があるが,電子メールの場合は基本的に1対1のままなのである。

 ネクスウェイはこのような事実を,頻繁な顧客とのコンタクトや,定期的な聴き取り調査によって見出している。それを顧客企業にフードバックしている。

 ファクシミリへの回帰という傾向は,よくよく見ていくと至極まっとうなものとも言える。電子メールを伝達手段として使う場合には,相手の環境としてはパソコン,インターネット接続,それに電子メール・アドレスの三つが揃っていて,加えて電子メールを受信するというプロセスが必要だ。すべての人々がこのような環境を整えているわけではない。ハードルが高いメディアである。つまり,伝達手段を電子メールに完全に移行してしまうと,電子メールを使わない人,使えない人には,販売促進メッセージは伝えられなくなってしまう。

 一方,ファクシミリは基本的にどこにでもある。BtoBという観点で見れば,ほとんどの企業が事業所単位か部署単位でファクシミリを設置している。ファクシミリが設置されていない事業所は,日本にはほとんど存在しないはずだ。

 ファクシミリはいつの間にか仕事と生活の場に定着している。ネクスウェイによれば,電子メールによるファクシミリの代替というかけ声は,インターネット・アクセスの統計数値が示すほどには進んでいない。特に,中小企業で見れば,その傾向は顕著だろう。

 そんな事情もあって,ファクシミリによる文書の同報は,今でも多くの企業で続けられている。先日筆者は知人の自動車修理・整備工場を訪ねた。そこには部品の再販業者が送ってきた部品在庫の一覧表があった。ファクシミリで送られてきたものである。工場だけではない。ある市場調査会社のリサーチャーを訪問したところ,グループ・インタビュー室の予約状況一覧表が机の上に置いてあった。グループ・インタビュー会場からファクシミリで送られてきたものだ。これら二つのケースは広い意味での販売促進活動である。

 ネクスウェイの顧客の業種・業態は様々だが,大口顧客は,消費者向け通信販売会社である。優良顧客に向けてバーゲンの案内をファクシミリで送っている。ネクスウェイの長田陽子 マーケティングソリューション推進部販売促進チーム・リーダー(写真右)は,「レスポンス(応答・注文)率が高いので,通信販売会社はファクシミリを良く利用する」と語る。この通販会社の優良顧客については,ファクシミリがダイレクト・メールやインターネットよりも費用対効果が顕著に高いのだと言う。

 同社はファクシミリを顧客への販売促進メッセージの伝達手段と考えている。顧客企業の販売促進ニーズに注視し,そのニーズに応えるためのコピーライティングのノウハウは当然,顧客企業以上に備えている。もちろん,そのノウハウは決して外部に明かさない。

 次回は,ネクスウェイがどのように顧客を獲得しているのかを見ていく。ポイントは,見込み客のデータベースにある。

■変更履歴
本文中,書籍名を「日本の優良企業研究」としていましたが,正しくは「日本の優秀企業研究」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2007/05/21 17:25]