要求開発では「正しくないシステムを正しく作る」ことがないように,まず,システムを開発する前に要求を開発しています。今回はその要求を開発するための「場作り」の大切さを考えてみたいと思います。

 「コタツモデル」と呼ばれる,よくあるシステム開発の現場の例えがあります。経営者,SIer,実務担当者,システム部門の開発担当者,各々の関係をまるでコタツの中にいるかのように一つのテーブルを囲み,車座になっているモデル図です(参考:要求開発アライアンスHP)。

 コタツの中で私達は一つのチームとなり,信頼関係・人間観関係を構築します。問題点だけでなくビジョンやコンセプトを可視化することで,見えない壁を見えるようにすると同時に,心の壁を取り払います。

 人間関係や要求は存在するものではなく,コタツモデルの中で育て,開発していくものだと思います。そのために,磐石な土台としてのコタツモデルの構築,コタツという安心できる場作りを大切にします。せつない思いをしないために,“正しい”要求を話し合える場を作るのです。

 では“正しい”要求とはなんでしょうか?

 私はそれをチームの想い,チームの力を最大限に発揮できる場から創発される「何か」なのだと思っています。VISAカードの創業者で,「混沌と秩序」(たちばな出版)の筆者として有名なDee Hock氏は以前,Wisdom(英知)が形成される過程を図1のように述べていました。

Wisdom(英知)が形成される過程
図1●Wisdom(英知)が形成される過程。Dee Hock氏の発言(back in 1996)を基に作成(参考)。

 私は“正しい”要求のためにはまず,『情報(information)』の時点で可視化し,文字通り“情報”の共有をすることが大切だと思っています。この時点では理解できなくともいいのです。理解できないものや,初めて見聞きする『ノイズ(noise)』をまず認知させて,目に見える形で『データ(Data)』として少しコンポーネント化(部品化)します。それをモデリングなどのグラフィックの技術を使い組み立てるだけでいいのです。

 しかし,可視化されただけ,情報として共有されただけでは“正しい”要求は創発されません。

 ここから先へ進み『英知(Wisdom)』として形成し,“何か”を創発していくためには,情報を統合し,『知識(Knowledge)』化し,関係性を発見します。そして『理解(Understanding)』というとても大切なステップを,コタツモデルという信頼関係・人間関係の中で話し合うことが重要だと思います。そこでやっと“正しい”要求が創発され,開発できるようになるのだと思います。

 その場作りのための話し合いの技術として,今回は「シャドウイング」という技術を紹介します。

 ファシリテーションのテクニックとして,発言されたものをそのまま皆の目に見えるところに書き出すというものがあります。その目的は「空中戦から地上戦」へといわれるように,議論の軸を可視化すること,きちんと意見を受け止めたことを表現することで,話し合いをより建設的かつ生産的に行うためです。また,それだけでなく,問題の構図を「私対あなた」から「私達対問題」に変えるという意図もあります。

 しかし,ただ書き出して可視化するだけでは話し合いは促進されません。そこでお勧めしたいのが「シャドウイング」です。

 私は大学時代,オーストラリアへ留学した際に英語でコミュニケーションがとれずに非常に困っていました。そこであるときふと「ただマネしてみようと」と思ったのです。言われたことをそのまま繰り返すのです。ただ,語尾を少しだけ上げて「?」風に発音してみるという苦肉の策です。

 しかし,これがなかなか良いです。なぜか会話が弾み,相手に信頼されるのです。そしていつの間にか理解力も高まり,英語でコミュニケーションが取れるようになってしまいました。

 初めは意味もわからないのに,繰り返すためだけに必死で聞きます。必死で聞くからリスニング力がついたようです。そしてさらに自分で声に出すことで発音も良くなりました。さらになんといっても相手の意見に対して,「あなたはこういったのですね?」と究極に承認を与えることになるので気に入られるのです。もし間違っていても「いえ,私はこう言いました」と再度意見を言ってもらえるか,または「そう伝わったのですか?」と聞き返してもらえるので話し合いの軸がずれることがないのです。

※あとで知ったのですが,これは英語を勉強する際に広く知られた手法であり,シャドウイングすることで英語を英語で理解するという「英語脳」の醸成に役立つのだそうです。それにこのシャドウイングは図1のモデルそのものですね。

 シャドウイングにより,目だけでなく,耳でも情報を入手することができ,理解度,納得度がぐんと上がります。ホワイトボードがないとき,朝会などの短時間ミーティングのときなどは言葉だけでも繰り返すことをお勧めします。全文を繰り返さなくとも,語尾だけをとって「そう思うのですね」「これをやるのですね」などで十分に効果は実感できると思います。ポイントは下記でしょうか。

1. 問題の可視化
2. 理解の表現
3. 存在の承認

 シャドウイングやグラフィックの技術は小手先のものですが,そのツールにより行動を促進し,結果的に人も心も動き出し,組織力・チーム力が最大化されるのならば十分に活用する価値はあると思います。ぜひお試しください。

 次回以降もチャンスがあれば、コタツモデルのお話やコミュニケーション・スキルのお話をしたいと思います。

“正しい”要求開発のために。

(片山 智咲子=要求開発アライアンス)