生活デザイン研究所の太田空真さんは,「人生最高のラブレター」などのベストセラー書籍を核にして,インターネットを活用した「参加型企画」を提起してきました。

 太田さんのメッセージを一言で言うならば,「お互いの心に秘めていながらも,ついつい伝える機会を失いがちな『身近な人への感謝の気持ち』を言葉にしよう」ということになるでしょう。夫婦であれ,親子であれ,感謝の気持ちを相手にも見える形にすることで,お互いの絆が強まり深い幸福感に満たされることを,一貫して提言されています

 2005年の12月に,もう1つの2007年問題として「熟年離婚」の問題が取り沙汰され始めた時,太田さんは「夫婦で語る定年後」というブログを始めました。

 そして,このブログで情報発信と意見収集を進めるうちに,このままでは多くの夫婦間で「想いのすれちがい」が広がってしまうと予感されたのでしょう。そこで,離婚時の厚生年金の分割制度が始まった2007年4月1日「熟年離婚のXデイ」を迎えるにあたり,夫婦間のコミュニケーションを高めるための「新しいツール」や「イベント」を発想されました。

 そのツールが,このたび発刊された「夫婦でありがとうといえる 幸せマネージメント」という本です。しかし,この本は新たに始める夫婦間コミュニケーションのきっかけにしかすぎません。

 夫婦間のコミュニケーションを高めるには,まず,無料ダウンロードできる「ふたりで書き込む人生チャート」を夫婦で書き込んで,対話することが求められます。特にITproの読者には,この本の冒頭で登場する「大組織のシステム改革を断行したある情報リーダーの葛藤とご夫婦の助け合い事例」がお薦めです。

 社内で敵を作りながらも孤独に改革を進め,それを乗り切った後に見舞われた空しさと,その苦境を支えてくれた夫婦愛・家族愛について,書籍とワークシートから,そしてご夫婦で続けられているブログから感じることができるでしょう。

ブログで「来るべき熟年離婚ラッシュ」の問題提起をする

 この本のきっかけとなった「夫婦で語る定年後(現在は【幸せマネージメント「ありがとう倶楽部」+(夫婦で語る定年後)】」というブログは,こんな書き出しで始まりました。


はじめまして 太田空真@生活デザイン研究所<http://www.sdl.ne.jp>です。

下記に,本ブログの趣旨を書いておりますが,皆様のご意見をお聞きしながら,多くの定年後のライフスタイルを,考えていきたいと存じております。今後とも,よろしくお願いいたします。

趣旨

「2007年問題」というキーワードが,マスコミで騒がれている。戦後のベビーブームに生まれた団塊世代の,大量退職が始まるのである。

技術の伝承,会社の空洞化などの言葉がマスコミをにぎわし,また,退職後の彼らの生き方そのものが注目されている時代。新たなるエルダー市場創出の期待とともに,彼らの生き方(セカンド・ライフ)そのものがどのようなものなのか,その答えを求め,多くの調査機関が各種発表をしている。が,私が思うところ,それは少し,的を外れた論点が多いように感じる。

なぜなら,その発表の多くは,男の意識が主体となり,男の論理で展開されていると思うからだ。しかし,現実はそのようなものではない。それまで会社員だった夫と,地域社会に根ざして生きてきた社会人の妻との意識差を埋めなければ,多くの定年後問題が解決しないからである。

例えば,68%の男が,定年退職後,国内外の旅行を楽しみたいと考えているが,一緒に旅するパートナーとして,夫の8割が妻と考えているのに対し,妻の6割は,女友だちや子どもを考えているのである。また,近年に流行している,定年後の田舎暮らしや,海外移住などの夫のロマンに,多くの妻は,つきあうのはゴメンと思っている。(野村総研調査)

つまり,定年退職後の夫のプランは,妻の協力が無ければ,達成できないという現実が,そこにあるのだ。その現実を前に,定年退職後の男たちのプランは,「亭主の片思い」という,砂上の楼閣にもなりかねない,とも言えるのである。


 つまり,「夫婦で語る定年後」は,夫と妻が考える定年後の暮らしに大きなギャップがありそうだという問題提起で始まったブログなのです。

ブログで参考事例と協力してくれる夫婦を集める

 同時に,このブログには重要な役割がありました。この問題提起に答えて,率直な意見を語ってくれるご夫婦が集める必要があったのです。


追記)
来年初頭より,「夫婦で語る定年後」メールマガジンが発刊されます。定年後を語りあう夫婦数組が,具体的な活動を本メールマガジンで報告します。

こんな情報を募集しています。
  定年後のプランを,夫婦で語りあっているご夫婦
  自薦他薦を問いません。
  (下部のコメント・ボタンをクリックしエントリーして下さい)


 このプロジェクトは,ただ単に熟年離婚が増えるという警鐘を鳴らすだけのものではありません。「定年後の暮らし」について「事前に夫婦で語り合うこと」で,「熟年離婚問題」の本質にお互いに気づいて,うまく乗り切るための企画なのです。

 そこで,このブログに積極的にコメントやトラックバックをしてくださったり,メールを下さるような「実践的なモニター」の力が必要不可欠でした。また,このプロジェクトの一環として,当初より「書籍化」が予定されていましたので,ブログにも書籍にも実名で登場してくださるご協力者が必要でした。

 私も,太田さんのブログにコメントをしたことがきっかけで,このプロジェクトに参加することになりました。問いかけに答えた私のコメントも,このたびの新刊に紹介されているのです。

 これからは,ブログやSNSでの発起人の呼びかけで有志が集まり,そのメンバーを中心に始動するプロジェクトが増えると予想しています。そのプロセスをブログや書籍で公開するケースも増えるでしょう。

 今回の「夫婦の幸せマネージメント」プロジェクトは,その先進事例の1つと言えそうです。

 とはいえ,ただブログやSNSで呼びかけるだけでは,真摯な協力者が集まるとは思えません。このプロジェクトが,単なる出版プロモーションや取材を目的としたものではなく,社会的意義のあるものだと多くの人に伝わったからこそ信認されたはずです。

 加えて,このブログが実名公開を前提とした日本財団の公益ブログCANPANで書かれていたことや,太田空真さんが自分自身のプロフィールや過去の出版実績を公開していることといった,オープンな姿勢が協力者を惹きつける「信用の源泉」だったでしょう。

二人で書き込む人生チャートに記入した夫婦に取材

 夫婦で語り合うと言っても,この参加型プロジェクトが提唱することは,ただ漫然と定年後の生活について語り合うことではありません。

 ここでは「二人で書き込む人生チャート」というワークシートに,夫婦それぞれが一定の書式で記入することが求められます。この「人生チャート」は,無料でダウンロードでき,誰もが活用することができます。このワークシートに書きあった「お互いの老後の夢とくらしの夫婦間ギャップ」をよく認識した上で,共通の,そして個別の目標や計画を立てることがねらいなのです。

 ご覧の通り「人生チャート」はお互いのこれまでの歩み,性格分析,これからの希望などを書くもので,「特別なもの」ではありません。しかし,特別でなかったからこそ真剣に語り合うチャンスがない項目が多いはずです。

 おそらく,このワークシートに記入すれば,仕事や家事のマネージメントをする経験こそあっても,夫婦と個人の「幸せ」をマネージメントするという視点がお互いに欠けていたことに気づくはずです。多くの場合,相手のことを「こんな人」と決めつけていたり,将来は「自分と同じ老後を夢見ている」と勘違いしていることが多いでしょう。

 夫婦で「人生チャート」に真剣に記入すれば,良くも悪くも「こうしたすれ違い」を実感できて,そこから新しい展開にも一歩踏み出せそうです。

 この誰でもできる夫婦間プロジェクトの可能性を広め,書籍化するためには,二人で人生チャートを書き込んで,自分の言葉で現在過去未来について語ってくださるてくれる協力者が欠かせません。しかも,その「プロセス」を書籍などで公開して,先鞭をつける勇気を持つ「ご夫婦」である必要がありました。

 驚くことに,ブログ等をご縁にして,そんな稀有な志を持つご夫婦が何組も手を上げたのです。

 この本の冒頭では,日本財団のシステム改革や情報発信のリーダーを勤める寺内昇さんと郁子夫人の「人生チャート」と取材記事が掲載されています。まさに,そこには赤裸々にお二人の人生と心の動きが表れているのです。

 おそらく,企業の情報化を支えている当コラムの読者にとって,大いに感じ入る内容でしょう。社内の情報共有を進める一方で,夫婦や家族との情報共有や共感がおろそかになっていることに気づくはずです。

 もちろん,私も例外ではありません。いくら仕事が上手くいこうが,応分の退職金や年金が確保されようが,それだけでは「幸せマネージメント」ができないと感じました。

 会社や仕事に拘束されマネージメントが難しい「定年前の可処分時間」よりも,定年後に自らマネージメントする「わが可処分時間」の方が長いのです。しかも,仕事上のパートナーがいなくなった後,最大のパートナーは「配偶者」になるはずなのに,ほとんど「マーケットリサーチ」も行わず「顧客満足度」も高めていないのです。

参加した夫婦や家族で旅をするブログに書く

 先日,この本の出版に先立ち,プロジェクトに協力した夫婦や家族が集まる特別なイベントがありました。春爛漫,桜咲く大和路,飛鳥路をみんなで歩く会です。ありがたいことに,私も家族で参加させていただきました。誰もが太田さんとは面識があるのですが,それぞれの家族同士は初めて会った人が多かったのです。

 知らない家族同士が,なぜか奈良に集まってそぞろ歩く。そして少しずつ語り合う。何とも不思議な体験でした。しかし,それも2日目になると,自然に話が弾んで,むしろ親しい人以上にお互いの話ができることさえあったのです。

 さらに不思議な感覚を,完成した本を読んだ後に味わうことになりました。そこには,寺内夫妻をはじめ,お会いしたいくつかのご夫婦のワークシートがありました。一緒に奈良を歩いた時には,見るからに幸せそうで仲良しに見えたお二人が,実は山あり谷ありだったこと,波瀾万丈の人生を秘めていたことなどが分かって驚いたのです。

 お互いに自分のことや,まして家族のことを語ることは気恥ずかしいことです。ですから,お互いに話しあうことは難しいでしょう。しかし「きっかけがないとできない」ことが,今回のプロジェクトで実現しました。まさに「みんなで渡ればばこわくない」といったところでしょう。

 勇気を出してここまで公開してしまった同士が,さらに一緒に美しい風景の中を一緒に歩けば,なんとも言えない連帯感が生まれました。わかっているようでわかっていない夫婦のことを,お互いに見て学ぶという機会をいただいたのです。

 さらには,この旅の様子も,それぞれのブログで公開されることになりました。まさに,この旅と本を通じて,仲良くなった夫婦同士で,新たな交流が生まれたわけです。

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  もし,このコラムをお読みの方が,「これから20年先の夫婦像」のことを語り合ったことがないとしたら,まずは「二人で書き込む人生チャート」をダウンロードして書き込むことをお勧めします。その上で,「夫婦の幸せマネージメント」の本を夫婦で読みながら,さまざまな「夫婦の幸せのかたち」を参考にしてはいかがでしょう。

 そして,夫婦で一緒に,そして個別に自分らしく行動する機会を増やして,お互いのブログに書き込んでいくことに挑戦されてはいかがでしょうか?きっと,寺内ご夫妻のブログを読めば,その夫婦間・家族間コミュニケーションの可能性の一端を感じていただけるはずです。

 定年まで,まだまだ時間があると思っている若いご夫婦も,40代の中村伸一さんと中村礼子さんご夫妻の記事やブログを見れば,今すぐ挑戦する価値があると感じていただけますでしょう。

  もしパートナーが,ITが苦手だとしたら,それこそチャンスです。手取り足取りパソコンやデジカメの使い方を教えることから,新たな夫婦のコミュニケーションが始まりそうです。これこそ,ITpro読者の面目躍如,わが伴侶の底力を感じていただける絶好の機会ではないでしょうか?