矛盾を抱えた現実,全体,混沌,複雑性をそのまま受けとめ対処対応できるのは,擦り合わせ型の統合力です。顧客価値を共有するとは,そもそも矛盾を共有することでもあります。

 矛盾の共有,多様な解釈,異なる要素が有機的に組み合わされた複雑複合的な対象に対しては,知識・知恵・経験を組み合わせたり重ね合わせたり,直感を働かせて本質を見出していかねばなりません。矛盾を認めない価値観は文明の衝突を引き起こします。国際社会は矛盾容認社会でなければなりません。妥協,玉虫色,白黒をつけない,タブー化,問題先送り…,気持悪いですからケリをつけたい気持ちをグッと堪えねばなりません。これらは人間の知恵です。この知恵は一神教のお国ではなかなか難しいのです。

「擦り合わせが持ち味」は日本が持つ比較優位

 「経路依存性(Path Dependency)」とは,歴史的な偶然でたどって来た道のりが,後世まで影響を与えるということです。特に,人間や組織には,過去の選択,経験,歴史的背景,学習といったものによって,現在の選択が制約される経路依存性があります。文化,風土,コンテクストという共通土壌が刷り込まれているからでしょう。組織や民族が持っているDNAでもあり,人間は人間が思うほど論理的ではないということです。「日本人は擦り合わせが持ち味」となった原因の1つには,そんな論理を超えた経路依存性もあります。これは,間違いなく日本が持つ比較優位です。

 米国では優秀な学生は大企業に行かず,ベンチャを起業すると言われてきました。その理由の一つは,ボスによるトップダウン経営が徹底しているため,ボスに逆らおうものならつまみ出されてしまうからです。でも最近はそうでもないそうです。優秀な人間が大組織に入ります。高い教育水準を持つ部下に,従来のボス型トップダウンだけではうまくいきません。一方,日本でもトップダウンで詳細に指示しなければ動けない人間が,最近増えてはいます。トップダウンの米国,ボトムアップの日本とは言い切れなくなっています。それでも「経路依存性」は,理屈ではないのです。

 日本を挟む覇権大国である米国も中国も,圧倒的なモジュラ型であり,日本のようなきめ細かい統合力はありません。統合力とは,擦り合わせであり,鬱陶しく面倒くさいインテグレーションに強みがあるのです。グローバル・コンペティションで戦う時,何で戦うのか?如何にして場とルールを有利に選択し,得意技で戦うか?アウェーで戦って勝てるはずもありません。ホームに引き込むことこそが戦略です。

 今まで,アメリカン・スタンダードの上で日本はいいように転がされてきました。インテグレーション・ビジネスのようなきめ細かいサービス・ビジネスが日本にとって,とても有効なんです。しかし,“顧客価値”についての真剣な議論がなければ,“インテグレータ”は看板に偽あり,羊頭苦肉です。では,インテグレータとして要求工程での擦り合わせ,“創発”型のプロジェクトはどうあれば良いのでしょう?

“顧客価値”とは,「正しい仕事を行なう:Do the right things」です。インテグレータは「仕事を正しく行なう:Do things right」から一刻も早く転換しなければなりません。最上位の顧客価値は「IT化の目的・狙い」です。ユーザー,SE,ステークホルダーは顧客価値を共有・ブレークダウンし,ビジネスプロセスやITプロセスにインプリメントしていきます。その過程で,意見の相違や葛藤や対立が起きます。

 均衡・安定した状態は,意見の相違や葛藤によって混沌化します。温度差,濃度差,立場の違いによるぶつかり合い。そんな混沌から抜け出そうと相互インターアクションが起こり,創発を誘引しマドルスルー(Muddle Through)していきます。このようなきめ細かい擦り合わせ創発を,米国や中国が真似をするのは容易ではないのです。