いろいろな方とお会いしてよく聞く言葉に「まだ実力不足だから経験を積まないと・・・」というものがあります。技術者という職種は何かそこに常に自分を不安にさせる何かが存在しているようです。そこで今回は修行期と収穫期というテーマで考えてみたいと思います。

いつまでも実力不足

多くの人は何故「自分はまだまだ実力不足」だと思い込むのか。そのうちの大抵の方は、エキスパートとはいかないのかもしれませんが、まがりなりにもそれで飯を喰っているわけなので言わばプロだと思うんです。ただ確かに技術者という職種は他の職種と比べて他の人と技術力や経験の差がわかりやすいと言えます。それ故、周りの人を見れば見るほど自分に足りないところが次々と見つかり、焦る気持ちになるのはよくわかります。しかし考えてみればわかるように、毎年のように技術革新が起こります。すなわち知らないことを追いかけているだけでは永遠に終わりが来ません。死ぬまで実力不足・経験不足で終わってしまいます。いったいいつまで経験を積もうというのでしょうか。

一番よくないのは無目的・無目標なまま頑張ればその先にいいことがあるかもしれないと思い込むことです。ごくまれに無目的・無目標でも目の前にあることにがむしゃらに頑張れる人もいますが、大多数の人は何かやらなきゃと焦るだけで何も前に進んでいない、もしくは手当たり次第に手をつけて結局何も身に付かないというパターンに陥りがちです。

修行期と収穫期

そこで私は自身の「修行期」と「収穫期」を明確にするといいのではないかと思っております。修行期というのは実力や経験をつけるために行動する期間、収穫期というのは得た実力や経験を以って収穫(お金でもいいですし人脈かもしれません。本の執筆や講演などかもしれません)する期間です。修行期と収穫期を明確に意識しておけば「いつまで修行するのか」と問われたら「修行期の終わりまで」と答えられますし、「何のために修行をするのか」と問われたら「収穫するため」と答えられます。

例えば20代を修行期、30代から収穫期と決めたとします。これを決めると、まず収穫期では何を以って収穫をしていくかという「目標」が決まってきます。それを踏まえて20代のうちに何をどうやって修行すべきかという「方向性」も必然的に決まります。またその方向性に対してどこまでできるかという「規模感」も残年数を逆算すれば大体決まってきます。ここまで決まればあとは実行あるのみです。