米国(欧米)の要素還元的な機能分割型のトップダウン・アプローチはITパワーとの親和性も良く,オープン・モジュラ型経済モデルが一気にグローバル・スタンダードになるかと思われていました。

 モジュラ型は,モジュールをまたがる関係性を大きく変更することは不得手です。オブジェクト技術も,開発に先立って行なわれるクラス間の関係性や構造を定義するオブジェクト・モデリングが重要であり,モデル全体の大きな変更は不得手であることと似ています。

 業界の垣根が壊れて,新しいサービスや商品を市場にいち早く提供しなければならない。こうした厳しい環境では,自社の経営リソースを培っている時間的ゆとりはありません。この場合,モジュールを組み合わせて自社の事業ドメインとするアライアンスや合従連衡は,確かに効果的です。しかし,自社にない機能モジュールを市場経由で調達して組み合わせるような単純な戦略だけで成功しているところは,ほとんどありません。

 オープン・モジュラ型は,不特定多数が市場参入しやすい競争構造によってコスト削減に効果的で,デフレに強い。しかし,市場参入が簡単だということは,ネットビジネスが完全競争状態になり,市場の歪みによる参入障壁や競争優位を構築しづらいことと同じです。

 さらに,モジュラ型のビジネスでは,標準共通インタフェースをデザインして市場を創生した(先行)者が“Winner takes all”になることはあっても,他のほとんどの参加者はコスト競争という消耗戦に陥ります。差別化のないビジネスモデルは成功しないということです。オープン・モジュラ型の優秀選手であったDellモデルは,今や競争力を失っています。激烈な市場競争で勝ち続けるためには,ドンドン新しいものを繰り出し続けるか,もしくは,何らかの摸倣困難性が必須なのです。

擦り合わせ型が威力を発揮するには文化風土の共有が必要

 ここで,模倣困難性の事例を一つ紹介しましょう。

 京セラとの競争に負けたある会社が,京セラに吸収されました。その社長は京セラの工場を見学しました。そして言いました。「失礼なことを言いますが,何ら競争優位なものはありません。とても平凡です。どうして負けてしまったのでしょう?」

 それに答えて京セラの稲盛名誉会長。「何もありません,だからうちは強いのです。差別的優位なモノであれば,コンペティタはそれを標的にします。標的にされたら負けるのは時間の問題です。“平凡で強い”。これこそ最大の模倣困難な持続的競争優位です」と。

 培っている時間が必要なことこそが摸倣困難性です。その最大の一つが組織ケーパビリティです。

 知識資本主義経済社会でも真の重要な知恵・知識の交換はFace to Faceの擦り合わせ型であり,これはネット・コミュニケーションだけでは難しい。文化風土やコンテキストの共有があってこそ,擦り合わせ型の密結合コラボレーションが効果を発揮します。また,フラットなネットワーク組織が成果を出すには,階層的統合性が必要と言われています。

 しかし,グローバル市場では市場を経由したオープン・モジュールへの流れを止めることは不可能です。擦り合わせ型の高価格商品がコモディティ化することは,顧客にとってメリットが大きいからです。コモディティの量産力は,世界の工場である中国に勝てません。ただし中国も,いずれはさらにコスト競争力のある他の国に敗れていくでしょう。

 世界がコスト競争の消耗戦に陥っていく間に,その土俵外で擦り合わせ型のコンペティタや代替品が必ず登場してきます。パソコンに対してのモバイル/携帯/情報家電,既存製品のIT化による高付加価値化は,1990年代からのIT革命を軸とした,米国のオープン・モジュール戦略での一人勝ち状況を押さえ込んでいます。ウィンテル,OS,インターネット等のプラットフォーム・ビジネスは「共通インターフェースを創生してデファクトを早期に獲得する」というものでした。それが今や,新しい参入者により多様なプラットフォームが生み出され,競争の土俵が変わってきたのです。

徹底しなければ成果が出ない日本の横並び競争

 失われた15年で迷い悩み,パワーが中途半端になってしまったのか,日本の横並びの同じ次元競争は,コンペティタより徹底してやらねば成果は出ません。

 無理をしようとしたかどうか? 限界を超えようとしたかどうか? “ナニクソ!”のプロジェクトXのハングリー精神。昭和30年代の右肩上がりの追い付け追い越せの時代は,夢や目標が見えていた。貧しかったこと規模が小さかったことが,頑張りのエネルギーでした。負けても腹が立たなくなったら終わりです。そんなパワーが集積し限界を超えドライビングフォースになり,イノベーションや優れた戦略が生まれます。

 しかし,高度成長時代当時の閉鎖的擦り合わせ文化に完全回帰はできるでしょうか? それらを育んだ労働の非流動化と忠誠心は“覆水盆に返らず”です。また,擦り合わせの価値は,オープン・モジュールの流れの中で,コモディティ化による低コスト・メリットを超えるベネフィットをユーザーに提供できている時にだけ存在します。

 自動車でも,移動手段を超えた価値を多くの顧客が求めているからこそ,高価な擦り合わせ型が売れます。自動車が単なる移動手段で良いなら,もっと安価なモジュラ型自動車の出番です。BRICsの大市場が拓けてきたら,自動車も擦り合わせ型とモジュラ型に2極化していくことでしょう。

 高い調整能力をベースにした“統合度の高いきめ細かい創発力”は,日本企業の持ち味や強みであり,DNAであることは変わりません。オープン・モジュラ型が得意な米国は,鬱陶しいインテグレーションは苦手です。ITはそれ自体競争優位を生み出しませんが,組織ケーパビリティ(能力)の差を増幅し顕在化します。“平凡で強い”は摸倣困難な競争優位なのです。