「IT革新なくして、経営革新なし。IT革新は終わりなき活動である」。松下電器産業の情報システム担当役員である牧田孝衞IT革新本部副本部長は、同社が赤字に転落してから回復するまでの間、IT部門が経営革新に果たした役割を語った(07年3月に開催されたIT Trend)。これからのIT部門とCIOの役割がそこから見えてくる。

 松下電器が赤字に転落したのは01年度だが、実はそれ以前から利益率は低下の一途を辿り、厳しい経営状態に陥っていた。大きな課題は(1)同一商品を複数のグループ会社で開発・製造・販売する「事業の重複」、(2)商品別事業部門とルート別営業部門の「分断」、(3)傲慢や自己満足、内向き、摩擦を恐れる「大企業病」、の3つ。経営リソースが分散し、グループ内で競合がおき、責任所在もあいまいになっていたということ。しかも重くて遅い経営体質でもあった。

 その改革に取り組んだのが00年6月に社長に就いた中村邦夫氏(現会長)だ。グループ内で重複する事業を統合するため、上場会社や子会社を含めて統合・再編に着手した。松下電工の過半数の株式取得はその象徴だろう。そして、事業重複を解消するため、1人の責任者が開発、製造、販売を一体で運営する体制に変えるとともに、中村氏は社長就任の1カ月後にIT革新本部を新設し、経営改革をIT面からも取り組む方針を出した。10年間の欧米勤務時代に米企業がIT活用で復活させた姿を見てきたことが背景にある。

 「当時の松下はいつつぶれもおかしくない状況だった。しかし、事業部制で成長を遂げてきたこともあり、それを変えることができなかった」(牧田氏)。そこで、「破壊と創造、守るべきは経営理念だけ」(同)というセンセーショナルな改革方針を中村氏は打ち出した。価値を生まない業務は排除することも示唆した。その際に掲げた経営に対する基本的な考えは、「顧客満足・価値の追求」、「軽くて速い経営の実現」、「創造的時間の創出」である。

 一方、中村氏は自らIT革新本部長に就き、「IT革命はトップ主導で行う」ことを繰り返し発言し、「ITで経営を見直す」、「企業主導から顧客主導へ」、「フラット&Web型組織へ」に取り組む。「ITをうまく使えない経営者は失格」(牧田氏)と中村氏は考えていたからだ。具体的には、松下経営の枠組みである自主責任経営を活かしつつ、変化に俊敏に対応できる製販一体の戦略的な事業運営をビジネスプロセスとITシステムの両面から実現させることだった。構造、仕組み、プロセス、風土・体質をITで変えることだ。

 つまり、業務効率から経営革新にIT活用を進展させ、(1)全体最適の視点からのビジネスプロセスの統一化、(2)事業部制に対応していたITシステムを、変化に俊敏に対応できるITシステムに統合・連携、(3)戦略的情報化への投資、(4)経営革新の加速に向けたIT部門の再編、の4つの視点から取り組んだ。それを推進するCIOの役割は「世の中の変化、先行きを見ながら、ITの方向性を決めることと、IT技術を見ながらITを経営ベクトルに合わせていくこと」と牧田氏は話す。

ITシステム体系の基本方針

 99年7月にITシステム体系の基本方針を作成している。事業場別の組織からグループ横断組織に再編するのに伴って、各事業場をつなぐITシステムと顧客や仕入先など対外を結ぶITシステムを構築するためだ。事業部制で発展してきた松下電器の個別最適のシステムを変えることに加えて、「IT部門にあとは頼んだ」というユーザー部門のITの価値に対する認識が低かったことも基本方針作成の狙いである。

 一方、IT部門の風土も経営からの要請を効率的、効果的に導入することとなり、「自ら仕掛けるという認識がなかった」(牧田氏)。そこで、IT部門は組織全体を鳥瞰できる特質を生かし、現実のプロセスと課題の見える化、組織横断の改革チームの編成、経営方針に基づいた目標の設定、計画の作成に着手した。例えば、リードタイムのネックはどこにあるのかを探し出す。部品工場から海外販売会社までにモノがどう流れていくのかを調べたら、複数の部門を経由していたという非効率な事実を見つけたら、経営にそれを示す。ITへの理解が不足している幹部や社員がいれば、1泊2日の缶詰でIT活用セミナーを実施し、IT革新の本質を議論させる。

 グループ内に分散していたIT部門も再編・統合した。国内外に合計約3000人いたIT部門関係者を、新設した社内カンパニー(コーポレート情報システム社)に集約し、戦略部門と位置付ける。同カンパニーに約1000人、現場のドメイン(各事業部門)に約500人を配属。ちなみにコーポレート情報システム社は、SIセンター、IT開発センター、IT基盤センターから構成されている。

 IT革新のアプローチはSCM、CRM、商品化の3つの軸で進めた。モノ作りの足腰が弱まっているなど、課題の見える化にも取り組む。製販プロセスの革新であるSCMは、市場の変化に迅速に対応するため、生産計画や販売計画を月間から週間ベースにした。セル方式も導入したし、バラバラだった調達も集中化させた。CRMでは、年間約200万通のメールなどの問い合わせという顧客の声を活用する仕組みを築く。この中に品質に関連する重要なものがあれば、その内容を経営幹部や職能部門に24時間以内に配信する。次期商品の企画にも反映させる。

 商品開発プロセスでは、企画、設計、試作、量産のプロセスにおけるデータを一気通貫で利用できるようにした。商品作りの工程をソフト開発プロジェクトのようにマネジメントする仕組みも築いた。設計への手戻りをなくすためだ。

 世界同時発売・垂直立ち上げも実現させた。発売日が決まったら、マーケティングを含めた広告宣伝からどの時期に何を実行するのかを決める。そのためには、発売時は必ず守る、短期に量産する、前商品を単価が下がる前に売り切る、新商品を一斉に店頭に陳列する、などが必要になる。そして、他社に先駆けて商品を市場に投入し、シェアを一気に取る。ブランドもパナソニックにした。

IT投資効果をはっきりさせる

 IT投資効果は着実に出ている。00年から06年までのIT投資は総額2133億円だったが、それを上回る2253億円の成果があり、16のドメイン(部門)、全体の70%で投資回収ができたという。実際は、CCM(投資資本利益率)という松下独自の貢献額で算定しており、01年から03年の前半と04年から06年の後半を比較すると、後半のほうが貢献額は高まっている。IT投資が効いている証でもある。

 例えば、リードタイムの短縮化では、商品企画から発売までの開発期間を75%(01年と05年の比較)、発注から工場倉庫までの調達時間を70%(00年と05年の比較)、源泉工程から工場出荷までの生産時間を75%(同)、それぞれ削減できたという。在庫も30%超と大幅な削減に成功したし、1人当たりの販売金額は1.4倍(01年と05年の比較)に向上させた。

 その一方で牧田氏は、「悪魔のループ」と呼ぶ失敗するIT革新の構図を示す。上流工程から経営戦略とIT革新を一体化できないことに端を発するもので、構想(経営改革に合わせてIT革新を構想するが、綺麗事のレベルに終わる)から企画(IT施策中心の検討になり、経営施策や業務施策の深堀リが不足する)、実施決裁(IT投資の決裁だけが先行し、開発になかなか着手しない)、IT構築(IT部門はシステム開発に専念、業務改革の取り組みは置き去りになる)、導入(実態に合わない、業務と遊離、後追いでシステム変更する)、評価(人は減ったのか、ITの投資効果はどうかなどが分からない)というループ。システム構築プロジェクトになってしまうことでもある。

 それを避けるには、経営戦略と融合したIT革新を立案するのは当然のこと。さらに、経営トップ、IT活用の利用部門、IT部門が三位一体でそれを推進する必要がある。

IT改革のさらなる強化

 IT革新のさらなる強化に向けて、松下電器はIT部門の役割を強化する考え。経営活動にITを使う、プロセスを鳥瞰的に横串で見る、データを含めて分析し意味のあるものにするためだ。なので、組織能力と情報活用力の向上、経営成果の定量的把握・評価なども重要なテーマになる。「経営者にIT投資の成果を実感できるようにすること。生産性をどう変えたか、どう利益に結びついたかなどだ」(牧田氏)。

 全体最適や成果創出を加速させるために、経営ITアーキテクチャ(CITA)も構築している。いわば松下版EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)で、「経営革新を支える都市再開発を実現させるイメージ」(牧田氏)。都市計画に基づいて道路や建物を建設するように、ビジネスプロセス、データ、アプリケーション、IT基盤などの標準モデルを作成している。6つの領域で57の標準プロセスを制定する計画だが、現在、3分の1を実現させたところだという。

 そして、松下電器は2010年にモノ作り立社を確立させるとともに、エクセレントカンパニーの仲間入りを果たす。そのためにもIT部門は、情報活用の重要性を説き、意思決定に役立つ情報活用を支援することが欠かせないとする。