バブル崩壊後の苦節15年。艱難辛苦・臥薪嘗胆・創意工夫を経て,日本の景気は多少回復してきました。米国主義に転換したのではなく,逆に日本従来からの特徴である「個人より集団としての成功,コンセンサス,もの造り日本,長期的にものを考え,人を大事にする…」を再認識した製造業から回復してきました。グローバル・スタンダードという名のアメリカン・スタンダードに目くらましをされ,長く自信喪失に陥っていた“日本横並びうつ症状”からの自然治癒と言えるかも知れません。

 強みと弱みは同じ特徴の表裏です。日本の持ち味や得意技は大企業を中心とした徹底的な横並び競争です。“横並び”という言葉には印象の悪さがありますが,同じ産業(電子産業,自動車産業,繊維産業…)の中で5社以上が棲み分けながら,猛烈な創意工夫や競争を続けて総合化・拡大発展してきたのは,世界広しと言えども日本だけです。

 日経ITpro Watcher【Watcherが展望する2007年】で書いたファックスイノベーションは日本の持ち味の典型的な事例です。ファックスの基本特許は19世紀,しかし使える製品としてのファックスの登場は1975年以降。その,ほとんどの実用技術は日本生まれでした。圧縮,スキャニング,伝送,印刷などの基礎的な要素技術は米国が優れていたにもかかわらず。米国の経営学者マイケル・ポーターは釈然とせず,早速,日本企業を調査しました。インタビューされた企業はどこも,大部屋だとか合宿だとか一緒に風呂に入ったとか同じ釜の飯を食ったとか…。

 日本企業では「ファックスを作る!」という目的が先にあり,ユーザー価値の具体的イメージを共有します。また,圧縮,スキャニング,伝送,印刷…,という異なる要素技術を統合せねばなりません。各分野の専門技術者がファックスの開発目的やミッションを共有し,各々の専門分野にこもらず擦り合わせ開発に成功しました。

 トランジスタラジオも,発明した米国ではコンシューマ製品への適用は4つの基本研究を経なければ絶対あり得ないと考えられていました。それをソニーの井深さんが,一気にラジオという製品に採用してしまった。「専門の技術書を読まなくてもものはつくれる。何もわかっていなかったからできた」と井深さん。日本経済が卓越した輝きを放ち,米国が「Japan as No.1」と脅威と畏敬の目で見た時代の底流でした。

 日本企業では,「ファックスを作る!」「ラジオを作る!」という目的意識が先にあるのです。ユーザー価値,つまりユーザーが使って便利だとか嬉しいとかいう具体的なイメージが最初にあるのです。製品開発では,そんな多面的なユーザー価値を単面化する分割が行なわれます。分割しても完全に機能がセパレートされるわけではありません。分割された機能の境界は冗長的で曖昧です。機能境界の相互インターアクションが起こり,きめ細かい擦り合わせでプロセスや製品は進化していきます。それが組織能力として発揮されることで“創発”が起き,イノベーションを誘発します。

 また,構想/設計/製造の工程を意図的に重複させ,コンカレントに擦り合せたり,研究開発部門で解けなかった問題が,製造部門で解けてしまうことが日本企業では少なくありません。現場力の融通無碍な強さや,高統合度での相互作用です。独創性は乏しいが,1つの商品やサービスを研究し尽くし,完璧な水準に仕上げる力があります。

 日本企業の持ち味はこのような創発性にあり,それを可能にする文化風土が,プロジェクトXの世界(チームワーク,長期的視点,終身雇用,コンセンサス,強いコミュニティ意識の形成,TQC,カイゼン,同質性と統合度,ワイガヤ大部屋,合宿泊り込み,同じ飯の釜,一緒に風呂に入った…)でした。これらは,複雑性に対する日本独特のアプローチです。

 翻って,米国(欧米)は複雑な対象を,要素還元的に機能分割します。機能をできるだけ疎なコンポーネントに分割し,コンポーネントごとに深く専門特化します。共通インターフェースを明確化するモジュラ化も得意です。ただし,機能を分化・統合するためには,最初に全体のアーキテクチャを決めなければなりません。そんな設計にはスーパーマンが必要です。改革的なコンセプト・イノベーションに優れたスーパーマンが,トップダウン型思考で上位概念から機能を展開し,詳細化する分析的計画的なアプローチです。

 要素還元的なトップダウン・アプローチには,必ずこのようなスーパーマンが必要です。少数のスーパーマンを選抜する仕掛けが社会文化的に必要です。それが自由競争至上主義です。勝ち組と多数の負け組みの存在は,競争至上主義の副作用です。このように日本と米国の持ち味は大きく違っているのです。

激変・革命の時代が永遠に続くわけではない

 では,日本の失われた15年とは何だったのでしょうか?この間,日本は自らの持ち味を忘れ,製造部分(現場)を中国その他にアウトソースすることで,設計・開発部門との擦り合せがスムーズにいかなくなってしまいました。高コスト構造の是正やリストラや行き過ぎた成果主義で,現場での創意工夫による小さい改善努力の積み重ね効果が薄れ,現場力を萎えさせてしまいました。

 シリコンバレー流のモジュラ型デファクト・スタンダード戦法に,日本IT産業は完璧に遅れをとってしまいました。横並び競争は,“同じ”次元の競争であり,性能競争やコスト品質競争に収斂(しゅうれん)します。少なくとも工業社会はそれで良かったのですが,情報社会は,“違い”の競争です。特にITにおいて画期的な技術革新がシリコンバレー中心に高速度で続き,日本はそのスピードに付いていけず完敗の状態が続きました。

 グローバルマーケットで戦うには日本経営システムから脱却しなければならないと赤子のように思い詰め,軸が大きくふらついたこともあります。急いで米国型経営を取り入れたところは,総じてうまくいっていません。ペリー以降,米国の戦略シナリオの中で日本は洗脳され続けてきたからです。まだまだ思考停止の洗脳状態から完全に覚醒しているとは言えませんが。

 しかし,画期的だとか激変の時代はあるとしても,(爆発的な進化が起きた)カンブリア期だけが続くわけではありません。激変・革命の時代は,個々の要素技術の進歩の時代です。しかし,ITが工業製品に入り込む局面や,複雑な偶有性に富むビジネス・レイヤーになると,最新の要素技術がそのまま役に立つわけではありません。今後は,点や線や個の要素が有機的に組み合わされた全体や,面や場に対しての統合力が問われます。

 規格大量コモディティやコスト競争では新興国に急追されていますが,BRICsに代表される新しい市場が急速に拓かれてきたことも景気回復の原因です。世界単一市場と,人口減で長期にシュリンクしていく日本市場。世界市場の部分としての日本市場。世界へのマドルスルー(1)で述べたように,グローバル市場で競争力を獲得しなければ,国内市場でも今後存在感はありません。

 その意味では今,世界へのマドルスルーに向けて絶好のチャンスが到来したとも言えます。日本は米国になれないし,なる必要もありませんが,従来回帰だけではグローバルコンペティションで勝つことは不可能です。