いつでもどこでも,快適に移動できる最も重要なモビリティ,車。その誕生から百数十年の間に,車は産業の中核となり,人々の暮らしをかたちづくってきました。

 しかし,便利さや快適さと引き換えに,いまだに交通事故によって多くの人命が失われているのも事実です。日本では,年間6000人以上が亡くなり,100万件もの事故が発生しています。事故を起さない車をつくることはできないだろうか?誰もが安心して運転できる車,決して凶器になったりしない車はできないだろうか?

 そんな車を求めて,事故ゼロ化へ向けた様々な取り組みが始まっています。今回から数回にわたって,クルマを運転する人に朗報となるような技術開発の現況を紹介していこうと思います。名付けて「人とクルマの幸せな関係」です。

事故が2~3割減るというデータも

 今回ご紹介するのは,<ドライブレコーダー>。私の2年ほど前の著作『コンピュータを「着る」時代』(文春新書)の中でも「居眠り運転防止装置」の研究開発について述べましたが,それらの具体的な姿の一つとして,ドライブレコーダーが実現しました。

 東京農工大学教授の永井正夫先生は、「ドライブレコーダーを活用した“ヒヤリハット”(結果的には事故には至らなかったが,ヒヤリとしたり,ハッとしたりする危険な状況)の分析とその効用」について研究されています。

 みなさんは飛行機事故の原因分析に活用される<フライトレコーダー>のことを耳にしたことがあるでしょう。それに比べると,<ドライブレコーダー>の呼び名にはなじみがないかもしれませんね。しかし予防安全技術の分野では,ドライブレコーダーは現在大いに注目されています。

 いまやタクシー業界を中心に3万5000台のドライブレコーダーが稼動しています。事故原因が明確に分かり,しかも事故後の処理が簡素化できるとあって,毎月1000台以上のペースで装備が進んでいます。

 ドライブレコーダーをつけると運転が慎重にならざるを得ません。タクシー会社では,事故を起した運転手のデータを用い,同僚の運転手たちに安全教育を行っているところもあります。その結果,装備した最初の月に事故が2~3割も減少するという,うれしい効果が見られているようです。

収集データから安全対策の技術が生まれる

 そもそも永井先生は、「自動車事故の状況を正確に記録して、安全対策技術の研究に役立てたい」という思いから、ドライブレコーダーを開発したといいます。

 街中の交番前でよく「昨日の交通事故」の掲示板を目にしますが,それは事故の後に警察が採る事故調書がベースになっています。「でも,それは事故の状態を客観的に把握できるものではないんです」と永井先生。

 事故の後に「スピードは何キロ出していたか」「どの段階でブレーキを踏んだか」などと聞かれても,事故を起した当人の記憶はあいまいだし,スピードは低めにごまかして申告する傾向がある。従って事故調書は、事故の状況の正確な記録とは言いがたく,その後の事故防止対策に十分に活かすことができない。

 そこで永井先生は,事故に至るまでの数十秒に何が起こるのか,そのプロセスを客観的にとらえて分析したいと考え,運転中の現象を記録するドライブレコーダーを開発しました。