この連載のどこかで書いたことがあると思うのですが,私は以前,プログラミングの講師をしていたことがあります。システムエンジニアとしてシステム開発に携わる傍ら,教壇に立って生徒に対して講義をしていました。

 こうした経験は,教育系の企業に勤めていない限りあまりできないのではないでしょうか。今回は,そんな変わった仕事をしたときのお話をしたいと思います。

Javaプログラミングを教えることに!

 「ITの未経験者にプログラムを教える仕事をやってみない?」──。数年前のある日,突如,上司からこう言われました。私の会社ではときどき,「えっ,なんでそんな仕事があるの」という案件が持ち上がるのです。ちょっと変わっていますよね。

 私に持ちかけられた講師の仕事とは,IT未経験者やIT業界に就職/転職したいと考えている人たちを対象に,Webアプリケーションを使って簡単なECサイトを3カ月で構築するプログラミングを指導する,というものでした。

 IT業界は人材不足とはいえ,新卒以外でプログラミング未経験者を採用する会社は多くありません。だからといって,独学でプログラムを勉強するには,時間も労力もかかります。そんな人たちのニーズに応えるため,現業の邪魔にならない時間帯に,効率よくプログラミングを学べる講座を提供するのです。講師の指導を受けながら,たった3カ月で1つのアプリケーションを作ることができ,履歴書に「プログラム経験あり」と書けるのですからかなり魅力的ですよね。

 これまで,私はたまにプロジェクトで一緒になった後輩にプログラムを教えることはありましたが,未経験者に一から教えたことはありませんでした。でも,目の前に課題があると何でもトライしたくなるのが私の性分。「面白そうだし,いいかな」と,軽い気持ちでOKしてしまったのです──若かったんですね。講師の仕事をすることで,他の仕事にどういう影響が出るかというリスクをまだ予測できなかったんです(笑)。

 将来のためにスキルアップしようというはっきりした目的を持っている生徒(といっても私より年上の人がほとんどでした……)に対して,低レベルな講義は許されません。実際の授業が始まるまでに,何度もベテラン講師の方を生徒役に見立て,授業の練習を繰り返しました。指導の仕方やホワイトボードの使い方,テキストの説明法,図にしたほうが理解を得やすいポイントなどを集中的にたたきこみました。

 そして,ついに初日。私は講師として,10人の生徒に対面したのです(初めてだったのでサブ講師がヘルプでついてくれましたが……)。あのときは本当に緊張しました。生徒の皆さんも「このガチガチの小娘は一体何者?」と思っていたことでしょう(笑)。

初心者ならではの質問にドギマギ

 生徒の皆さんの職業は様々でした。メーカーの事務員,小売の営業,宝石販売……。皆さん,まったくのITのど素人。そもそも「Javaとは何ぞや」「変数って何」というレベルです。従って,質問も非常にピュアです。こんな「予想外」の質問もありました。

「Javaは,何で書かれてるんですか?」

 はぁ?????。一瞬,時間が止まった感じがしました。「この人は,何を質問しているんだろう」と私の脳は大混乱。よく聞くと「Javaという言語でプログラムを書くが,そのJavaそのものはどうやって作られたのか。JavaそのものをJavaで書かれているわけじゃないですよね」という質問だったのです。今まで私が疑問とも思わなかったところを突かれて,このときはどう切り抜けようかと相当アタフタしました(苦笑)。

 結局どう答えたかというと,「機械語です。すべて,プログラミング言語は機械語で成り立っていますから」と,私だったら絶対に腑に落ちない回答をしたような記憶があります。今,思い出しても恥ずかしい経験です。

 生徒の皆さんからの質問は,講義中に手を挙げればいつでも受け答えをする形式でしたので,常に緊張していました。講義する内容を十分に理解しておくのはもちろんですが,Q&Aについては,テキストに載っていること以外の知識や経験を総動員し,その場で瞬時に回答を示す必要があるので,非常に鍛えられました。

 ときには生徒から「SEって,やっぱり残業多いんですか」「何年たったら一人前になれますか」といった素朴かつ切実な質問もありました。

開発と講義で大忙し,土日も休めない!!!

 講義は平日の18時~22時,もしくは土日の丸1日をつぶして行われました。しかし,私の本業はあくまでも開発。スケジュールのやり繰りには本当に苦労しました。

 平日の昼間は開発,平日夜と休日は1日中講師。大忙しの毎日になってしまったのです。「楽しいから,まぁいいか」と,これまた軽いノリで無事に乗り切ったとはいえ,今思えば,本当によく頑張れたなと思います。そのような事情もあって,生徒から「SEって忙しいですか」と質問されたときに,「もんのすっごく忙しいですよ~!!!!!」と答えてしまい,相手は一気に“引いて”しまいました(笑)。

 ただ,開発を終えて講義に行くと気持ちがリフレッシュしたり,講義の後に開発に戻ると元気になっていたりと,異なった種類の仕事だからこそ,気分がうまく切り替えられたのは良かったと思っています。

 例えば,講義中の練習問題で,何度も何度もエラーを繰り返した後に,ようやくプログラムが動いたということがありました。そのとき,生徒の皆さんは「よっしゃー!」「やったー!先生動いたよ」と,声を上げて無邪気に喜ぶのです。そんな生徒さんの姿を見ると,「そういえば私も初心者のころは,こんな感じだったっけ」と,ふと思い出したりするのです。そして翌日,開発の仕事で後輩がバグを多く出しても,「傍らについて見直してあげようかな」と,思いやれる余裕が出てくるのです。殺伐としがちな開発現場ですが,講師という経験ができたおかげで,何度かメンバーとの衝突をまぬがれたのかもしれません(笑)。

 何よりも,「先生」と呼ばれて大勢から頼られたり,慕われたりする環境にいると,自然と「しっかりしなくちゃ」「がんばらなくては」という思いに駆られます。それが,勉強意欲を増してくれる一つのきっかけになりました。

 SEと講師という二足のわらじをはいた日々はこのように大変でしたが,得るものも多く,本業の開発にも大いに役立てることができたので,やってよかったなと思っています。

 次回は,講師をしていたときに私なりに考えた「プレゼンの秘訣」などをご紹介したいと思います。


写真提供 / 北の大地の贈り物 Photo by (C) RARURU
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