「オフショア並みの料金でお願いしたい」。最近、こんなシステム商談が増えていることにITサービス会社の経営者らは危機感を募らせている。その1人が大手ITサービス会社TISの岡本晋社長だ。

 06年初めに岡本氏に取材した際、「今年は請負ではなく、知恵を出しての作品作りをしていきたい」と抱負を語っていた。ここには、ユーザーと対等な立場でモノ作りを進めていくという意味が込められていたが、06年春頃から対等な関係が築けなくなってきたというのだ。理由の1つは、交渉する相手がIT部門からエンドユーザー部門に変わってきたことにある。

 IT部門はシステム化のシナリオやプライオリティ、利用する技術などを把握し、それらをITサービス会社に伝える。ところが、エンドユーザー部門はIT部門に比べると、システム構築というモノ作りの難しさに対する理解度が低い。所属する部門の事業計画と予算に基づいてシステム化を計画していくのだが、「何を作るのかがよく分からない場合、『物流をこうして欲しいでの、何とか作ってくれ』と漠然とした要求になることがある」。しかも、ITサービス会社がこんなソフトを組み合わせて、このハードで動かすなど、システムの全体像を説明する。IT部門のように、「ハードはこれで、ソフトはこれで」とはならないので、ユーザーから求められる範囲が広がっているのだ。

 それ以上に、ITサービス会社にとって心配なのは、納期と予算は明確に決まっているものの、品質が後回しになることだ。「ITの専門家であるIT部門は品質も大事するので、品質のためにコストや時間をかかることに理解を示してくれる。だが、エンドユーザーはデリバリが一番重要で、2番目はコスト。極端に言えば、品質はやりながら改善できればいい」となる。一緒に作品を作り上げるというより、ITサービス会社はユーザーの話からシステムのイメージを作り上げられるかが問われる。そして、「こう作りましょう」と、ユーザーの了解を得る展開になる。

スキル向上手段が失われる

 岡本氏は「ここに根深い問題がある」と見ている。スキル向上の手段がなくなることだ。

 オフショアやアウトソーシングが増えてきたことで、ITサービス会社の存在基盤が弱くなり、エンドユーザーからオフシェアと同じ金額を求められることがある。しかし、ITサービス会社側は例えば新人で70万円を要求する。2年経過したら10万円、6年経過したら30万円上げて欲しいとなる。スキル向上に見合い料金を求めるからだ。

 ところがユーザーから「30万円」と言われれば、極端に言えば新人の給与も支払えない事態になる。「30万円は無理です」となれば、ユーザーはオフショアへとなる。そうなれば、ITサービス会社は技術者のスキル向上の手段を失うことになりかねない。だから、「ソフト会社は人月から脱却する必要がある」と言われ続けているが、「そんなことを出来るはずはない」と岡本氏。例えばシステム1式1億円でも、ユーザーは「その中身を教えろ」と原価の内訳を求めてくる。

 打開策は弁護士や会計士のように、例えば普通レベルの技術者なら1時間2万円、高レベルの技術者なら10万円とする。岡本氏は技術者の価値を認めてもらう方法を考えているのだ。経済産業省のITスキル標準(ITSS)や情報処理試験などを活用して、ITSSのそれぞれのレベルごとに料金を決めておき、このシステム構築にはITSSレベル5のITアーキテクト2人など必要な技術者の人数と技術レベルを加えて総額を算出する。ユーザーとの打ち合わせで、「予算1億円で、こんなシステムを作ってくれ」となっても、「この部分にこのレベルの技術者が、別の部分にこのレベルの技術者が必要になるので、2億円かかる」といった説明を可能とする。

 理想的なことかもしれないが、そうなればITサービス会社も人材育成のための教育費を確保しやすくなるし、技術者の資格取得も活発化する。技術者も資格を取らないと、処遇は改善されない。

 別の方法もあるという。SEの評価を見直すことだ。これまでは、ユーザーの要望を聞いて、それを100%実現させることがSEとして満点だった。つまり、SEは言われたことを作り上げることだったので、「ビジネスモデルがこうなら、こうしたほうがいい」といった提案をしなかった。例えば家の場合、「台所を広く、トレイを2カ所にして、こんな風に作って欲しい」となれば、それをもとに設計者が立体的なイメージを作ってあげる。それを描く設計事務所はさらに、「材質がこれなら坪単価は50万円、この材質にすれば60万円」と、専門家としての提案をする。ITの世界も同じように例えば、1日の処理が10万件なら、このデータベース、100万件なら、このデータベースでこんな作り方でと提案し、さらにITアーキテクト2人を配置する必要性を説く。

 そこにITサービス会社がコンサルタント育成に力を入れ始めた理由がある。TISの場合も、独SAPのERPを扱っているビジネスコンサルティング事業部では、CやJavaではなく、例えば簿記1級の資格取得を優先させている。ビジネスの基本となる、モノや金の流れ方などを理解するためだ。加えて、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やSOA(サービス指向アーキテクチャ)を組み合わせる。ユーザーに「ここには、こんな形でSaaSを使ったらいい」と、コンサルティングをしながら、エンドユーザーの要望を実現させていく方法に切り替えていくわけだ。しかし、ERPだからこそ可能なことで、「この方法がすべての分野に適用できるわけではない」(岡本氏)という。

アプリケーションに活路あり

 中国などの技術者にコストでかなうはずはない。とくに組込み系などスペックの明確な下流工程は海外にどんどん流れていくと、岡本氏は認識している。最後に残るのはアプリケーションの部分で、事実、米国企業もアプリケーションは海外に出していないという。「アプリケーションは国の商習慣、文化に密接に関係しているので、オフシェアではできない」からだ。そこで、TISはプラットフォーム作りを推進する。クレジットの基幹業務システム「クレジットキューブ」や販売管理などの「コマースキューブ」がそうだ。SAPを含めて、こうしたプラットフォームを活用して、アプリケーションの単品生産から再利用型になることに、TISは活路を求めているようだ。