マイクロソフトが「Dynamics CRM」を投入したり,既存のCRMソフト・ベンダーがSaaS(Software as a Service)形式のサービスを始めたりと,CRMアプリケーション市場は大きく変化しつつある。このように多数のCRMソフト・ベンダーが市場を盛り上げようとしているが,筆者の懸念は尽きない。

 筆者はパソコンを仕事の道具として使い始めてからもう15年以上が経つ。その間ずっと,パソコンで使えるセールス&マーケティング分野のアプリケーションを注視し続けてきた。そうして出会ったのが「ACT!」というCRMアプリケーション・ソフトだった。

 ACT!はシマンテックが1980年代終わりから開発・販売していたソフトである(当時:現在は米Sage Software社が開発・販売)。CRMの分野で言うと,「コンタクト&トラッキング・マネジメント」に属する製品で,文字通り,顧客との接触や会話,メールやファクシミリの履歴を管理し,顧客との良好な関係を醸成するのを支援する。米国では個人事業主やSOHOがACT!を活用したことで,CRM市場の裾野が一気に広がった。米国企業がCRMアプリの活用に長けているのは,そうした背景がある。

 1年半ほど前のことだが,筆者はこのACT!を題材にして,「いまだ"出だし"でつまずいている日本のCRMシステム」と題する小論をITproに掲載した(ITproの記事)。記事で筆者が書いた主張を簡単に言うと,「個人や中小企業が気軽に使えるCRMアプリのある・なしが,米国と日本の『CRMリテラシー』の差として表出している」というものだ。

 当時私が触れたACT!はいま振り返っても良いソフトだった。そのACT!が日本市場にないのは寂しい。筆者は各所で「CRMアプリは個人が触って使ってみて始めて,その威力を体感できる」と繰り返し訴えている。その理由は,良さを体感した個人が旗を揚げてようやく,組織全体で使ってみようという動きにつながるからだ。ACT!は米国でそのムーブメントを興したソフトだった。

 CRMを専門とする筆者は,ACT!と同様の可能性を秘めたソフト,つまり「個人で使ってみて体験できるCRMアプリ」をずっと探し続けている。この種のソフトが日本で広まれば,沈降している日本のCRM事情はがらりと変わるはずだ。

コンシューマライゼーションを無視するマイクロソフト

 ACT!が日本市場から消えた後,日本で個人がCRMアプリを体験できるチャンスは2回あった。1回目は,マイクロソフトがOutlookを日本語化した時。現在,最新のOutlookは「Outlook 2007」だ。米国では「Microsoft Office Outlook 2007 with Business Contact Manager」がリリースされている(米国のWebサイト)。ACT!が広まったように,個人や中小企業がCRMを実践しているからだ。つまり,市場があるから投入しているわけである。Business Contact Managerの日本語版はない。筆者は以前も指摘したが,Business Contact Managerをローカライズしていないのは日本だけなのだ。

 筆者はマイクロソフト日本法人に,Business Contact Managerを日本語化しない理由を何度か問い合わせてきた。だが,同社は事情を明らかにしてくれなかった。だから,なぜ日本語化しなかったのはいまだに分からない。日本市場でニーズはないと判断したのだろうか。あるいは,何か技術的な問題でもあったのだろうか。とにかく,憶測するしかない。

 マイクロソフト日本法人は現在,同じCRM分野の製品であるDynamics CRMの投入,そしてユーザーの獲得を試みている。だが,Business Contact Managerに対する判断が,同社のCRM市場開拓をより困難にしていると筆者は読んでいる。CRMアプリは個人の体験なくして,組織で広まることはない。「コンシューマライゼーション」という言葉に象徴される現代なら,なおさらだ。

 2回目は,ジャストシステムが数年前「セールスマイティー」というソフトを開発・販売した時だった。このソフトは,「パーソナル営業活動支援ソフト」と銘打ち,電話,電子メール,商談記録の作成といったコンタクト内容を一元管理する機能を備えていた。しかしジャスト・システムは間もなく,開発・販売を中止してしまった。推測するに,期待したほどには市場が大きくなかったということだろう。

「CRM百花繚乱」の米国,対する日本は…

 こんな形で,日本における「個人が体験できるCRMアプリ市場」は散々な状況である。だが,米国はかなり様子が違う。例えば,先に紹介したマイクロソフトのBusiness Contact Managerのように,Outlookのアドインで使えるCRMアプリがかなり多く出荷されている。

 試しに「CRM for Outlook」とGoogleで検索していただきたい。およそ190万件の検索結果がヒットする。筆者は数十件のページを読んでみたが,Outlookベースで使えるCRM関連のアプリケーションは,パソコンにOutlookさえインストールしてあれば使えるものと,MS Exchange Serverで使用するものとに大別できるようだ。

 例えば,「OpusFlow CRM」の商品説明には,次のように書かれてある。

 『OpusFlow CRM takes the Outlook contact card as the starting point for linking and tracking of all (even remote) related communication. The Outlook contact card you used to know has been extended with a wide range of functionalities.』

 「Outlookにはもともと「コンタクト・カード」と呼ばれる記録を書き留める機能が備わっていて,OpusFlowはそれを活用しているのだ」と書いてある。

 Outlook日本語版にも「履歴」という機能が備えられている。このビューを開くと,次のようなメッセージが表示される。

 『履歴では,Office ドキュメントや,連絡先と関連付けられた電子メールのやりとりを記録することができますが,連絡先アイテムの [関連アイテム] タブを使用すると履歴を使用しなくても電子メールのやりとりを記録することができます。履歴の記録を開始しますか?』

 ちょっと不親切な日本語だが,解釈すると「CRMを実践するための基本的な機能は,Outlookはすでに備えている」ということである。米国で販売されている各種のOutlookのアドイン(プラグ・インと称する場合もある)アプリは,その機能をより使いやすくするという考え方で開発されているのだ。

 CRMという観点から見ると,Outlookは大きな可能性を秘めたソフトである。米国の人々はそのことに気が付いていて,日本の人々の多くは気が付いていない。

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