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野村直之 Web 2.0 for Enterprise

シリコンバレーで感じた「Webの中心」の移動

野村 直之=ITpro Watcher 2007/03/15 ITpro

 起業以来14カ月、前回の北米滞在(モントリオールでW3C Advisory Committee出席)以来15カ月、そして前回の米国滞在(ボストンでW3C 10th Anniversary出席)以来25カ月が経過。この間、上海など他国には出かけていました。しかし、1994年度(93年9月~94年9月)にM.I.T.(マサチューセッツ工科大学)の客員研究員としてボストンに住んで以来、ハートの一部を米国に置いてきてしまった筆者は、「そろそろ米国に一時 “帰国”したい」という感覚にとらわれ、精神面で一種の飢餓状態にありました。

 もう我慢できないという感じに加え、サンフランシスコ湾沿岸地域(SF Bay Area)、そしてシリコンバレーにきちんと滞在した経験がなかったこともあり、諸業務を振り切って(一部はPCと共に持ち込んで)、当地域に2月15日から4泊してきました。毎度ながら、ショッピング・モールの様子、本屋やCDショップの品ぞろえも楽しみでしたが、実際に訪れてみて、この地域の大学や企業のことが何よりも強く印象に残っています。

 大学では、M.I.T.に勝るとも劣らない名門のカリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学を訪問。ヒッピーやパブリック・スピーチ運動の中心として知られるバークレー校は、予想したよりこぢんまりしたキャンパスでした。しかし、M.I.T.ほど狭くはなく、ゆったりとした感じです。ハーバード大に次ぐ全米第二の蔵書数を誇る図書館も素晴らしいし、何より豪雪地帯という印象だったボストンとは対照的な陽光が気に入りました。見知らぬ人と挨拶を交わすだけで楽しくなってきます。

 一方のスタンフォード大は実に広大でした。ハーバード大学がケンブリッジ市(チャールズ川を挟んで対岸のボストン市の北側に隣接する市)の半分以上を占めているのと似た印象を受けましたが、こちらは市の名前まで「スタンフォード」です。学問的な意味で名門であるだけでなく、シリコンバレー人脈の動脈的存在として実業界に優秀なOBを輩出し、ここからに世界を革新する技術が生まれているとすら言えるのではないでしょうか。

 まずはシリコンバレーの持つダイナミズムに圧倒されたというわけです。

ルート128からの宗旨替えも考えた

 M.I.T.もベンチャー精神のあふれる場所でした。1人で10社を創業した教授もいました。しかし、M.I.T.を中心とした「ルート128」と呼ばれる地域では、じっくりと技術は育つものの、2,3年の内に全世界の市場を革新してしまう、シリコンバレーのような迫力はなかったと思います。

 ネットイヤーグループの代表取締役社長である石黒不二代さんがまとめた、『シリコンバレーにおける職業としての起業』というコラムがあります。両者の対比について、的確にまとめたものなので紹介します。本人も書いておられるように、短い文面のせいか単純化しすぎてルート128のベンチャーに辛口に過ぎるところはありますが、M.I.T.にハートを残す私でさえ同意せざるを得ないものです。

 それどころか今回のシリコンバレー出張で浮き立つような創造的な空気に包まれ、私は「シリコンバレー派に宗旨替えだ!」と叫びそうになりました。サンノゼのダウンタウン中心にある「ザ・テック」イノベーション博物館に一歩足を踏み入れただけで、ソフトウエア、宇宙、医療などの分野で、常識破りのアイデアでイノベーターになろう!という、子供達や若者達の全身を包み込む熱気に息を飲みます。6歳児でも正確に理解できるように、TCP/IPやブール代数演算回路が分かりやすい展示物になっています。

 起業家を讃える具体的なメッセージもあふれていました。アルバート・アインシュタインの「常識を疑い、全てのルールを破れ!」という言葉が子供向けに大きく表示されているのを見て、「よし。原点に帰って私ももっとルールを破るぞ!」と思って外に出たらレンタカーに28ドルの駐禁切符が貼られていました(こんなチンケなルール違反なんてしたくなかったのに)、なんてオマケもなんのその。その後も、精力的にあちこち巡ってきました。

 中身の凄さや濃さと比較すると、シリコンバレー、あるいはサンフランシスコ湾地区の全体は意外にこぢんまりとしている印象です。思い立ったときに直接会って気軽に話しにいけるから、相互の人間関係が高速で成立するのだろう、と実感しました。ボストンにも世界中から人が集まりますが、地域内で助け合う感じはシリコンバレーほどではないような記憶があります。

Web 2.0は東海岸の主導権を奪う運動だった?

 シリコンバレーで感じたダイナミズムは、Webを巡る主導権を東海岸から西海岸に移し替えることになるかもしれない。今回の滞在ではこんなことも感じました。

 図1をご覧ください。意外な方もいらっしゃるかもしれませんが、Webの行方を左右する規格の策定団体であるW3C (World Wide Web Consortium)は、今でもボストンにあります。Webの萌芽はTim Berners Lee卿が、欧州の核融合研究所CERNで、共同論文執筆環境のためのハイパーテキストの文書規格(HTML)と、そのやりとりの手順(http)を決めて実験したことにさかのぼります。その後、M.I.T.と、CERNの後継であるフランスのERCIM、そして斎藤信男・現名誉教授W3C顧問らの目利きで日本の慶応義塾大学との三極ではありますが、傘下にいち早くW3Cを発足したからです。もう10年以上も前のことです。

図1●Webプラットフォームの主導権の変遷(?)

 同じTimでも、最近はWeb 2.0という言葉の発案者であるTim O'Reillyの方が有名で、Tim Berners Lee卿は面白くないのかもしれません。2005年の暮れにモントリオールで開催されたW3C Advisory Committeeの会合で、彼は「Web 3.0 あるいは双方向的Webに関する予備的考察」と題して講演しました。「完全分散で、参加者の誰もが対等に情報発信し、全員が書き、コンテンツを共同制作するために最初のWebを作った」と牽制した後で、おおむねWeb 2.0に好意的な話を続けました。「手続き的な言語であり過ぎて抜本対策が必要だがAjaxのネーミングと発想は素晴らしかった」など、W3Cの代表者としては破格といえるほどAjaxを賞賛したのです。

 しかし06年8月になると、「(人々を繋ぎ協業を促進するのがWeb 2.0か?」と問われて、「とんでもない。そんな特徴は最初からWebにあった。いまWeb2.0の特徴とされているものはWebが生まれながらに備えていたものだ」という調子の発言 (音声版はこちらから) を返しています。

 「じゃあ、俺たちは勝手にやるよ」とシリコンバレーの人間が思ったかどうかはわかりません。ただWeb 2.0の時代になって、Webの実態の主導権が東海岸から西海岸に移動しつつあるのを象徴するのが「人々が作ったウェブ」という言い方です。ここでは、http://microformats.org/ に深くかかわるテクノラティ社創設者の言葉を引用したいと思います。

 Web 2.0は「マーケティング用語と認めざるを得ない」「一つ確かなのは『人々が作ったウェブ』ということ」だそうです。断言はしていないものの、今後ともW3Cの規格を素直に受け入れていけば十分というのとは異なる姿勢が感じられるのではないでしょうか。

Web“2.0”の本質は相対性

 ここでWeb2.0の理解を深めるために、「Web 1.0」の定義について少し吟味したいと思います。というのも、Tim O'ReillyのWeb 2.0に関する考察を翻訳した「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」に、Web2.0とWeb1.0をネガティブに対比した図があります。このWeb1.0と、Tim Berners Lee卿がインタビューに答えているWeb1.0とでは、その意味が違う気がするからです。図1では、Tim Berners Lee氏がCERNで誕生させたWebのことを「本来のWeb」と書きました。オリジナルのWebと言ってもよいでしょう。

 本来ネットワーク上での「協創」のための双方向的プラットフォームとして誕生したWebが、当初は一方向的なメディアとして歪んだ形で広がった。これがオライリー氏がネガティブに示したWeb1.0の含意ではないのでしょうか。00年頃のITバブル時代に先行者利得を目指し後発を排除するために血眼になって「巨大ポータル競争」が繰り広げられた結果なのかもしれません。

 それでもWeb1.0からWeb 2.0への歴史的流れを、以下のようにとらえるのは間違いではないと思えます。「オリジナルのWebをヨーロッパからM.I.T.に移植して育てたところ、整然としたトップダウンの設計によって、XMLの誕生をはじめボストン中心に一定の成功を収めた」、「それをさらに推し進めようとしてSemantic Webや、SOAP/WSDLベースのWebサービスを唱道すること数年、どうもうまく羽ばたいていかない」、「個々の規格にこだわらずに、双方向的なWebの原点に返り、徹底的に利用者中心で、コンテンツ主導に委ねてたら、Webが再び活性化したみたいだ」。

 絶対的な世界観(座標軸)と評価尺度、そしてこれらを踏まえたWebやXML関連の規格群から一歩引いて、その価値がどこにあるのかを見極めようという姿勢が Web 2.0の本質だとすれば、確かに西海岸的な感じを受けます。今回の出張でそれがよくわかりました。

 Web 2.0自体、さらにはその定義の本質にかかわる相対性のニュアンスについては、良書の解説に譲りたいと思います。アインシュタインの相対論、さらに思想的に相対性を推し進めたというホーキングの宇宙論(“虚時間”の導入はそれにより計算が簡単になるから。計算さえ合えばよくて実在するかは議論不要)がどうして難解なのかを分かり易くを紹介し、相対性の感覚をつかませてくれます。

 世界統一規格が必要なWebの世界で、すべてをボトムアップに委ねるのは無理があります。今後ともW3Cは重要であり続けるでしょう。しかし市場と常に対話し、本来の規格の意味もどんどん変えていくことに抵抗のないシリコンバレー流の論理や価値観が、ますます重要な役割を果たしていきそうだなどと思いつつ、帰国の途につきました。

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