「営業現場は二つの目標では走れないんだよ」。ある大手ITサービス会社の経営者からそんな話を聞いた。二つの目標とは当然、売上と利益。株主に対しては「売上と利益の二兎を追う」と説明しているが、実際は全く違う。営業現場は「今は攻めの時」とばかりに、売上を追って走り回っている。利益管理は甘くなる。その先には・・・それって、いつか来た道かもしれない。

 二つの目標は追えないというのは、考えてみれば当たり前だ。売上も利益も大事という建て前に惑わされて、ついうっかりしがちだが、普通の人間が「王手飛車取り」みたいなことを続けられない。それは別に営業だけに限ったことではなく、どんな仕事でもメインの目標は一つ。「目標は二つ」「三つの目標」と言ったところで、メインの目標はいつも一つである。

 まあこのご時勢なので、その会社だけでなく多くのITサービス会社で、営業現場は売上重視に傾斜する。もちろん人月商売に明け暮れている受託ソフト開発会社は、SE稼働率がパンパンで売上を拡大したくてもできないのだが、プロダクト販売などが主体のITサービス会社は売上拡大に血道を上げている。「利益率の向上」といったスローガンは、経営レベルではともかく、現場では忘れられがちだ。

 もっとも昔と違い今は、多くのITサービス会社には低採算化を防ぐ“安全装置”がある。受注判定会議やPMOといった機関・組織がそれで、安値受注の横行で赤字プロジェクトが続発した苦い経験から、各社がこぞって設置した。このチェック機能が働くから売上重視でもバランスがとれるだろうなと思っていたのだが、驚いたことに、このチェック機関を廃止する企業も出てきた。

 日経ソリューションビジネス2月28日号に兼松エレクトロニクスの榎本社長へのインタビュー記事が掲載されていたが、同社はなんと受注判定会議を廃止したそうである。その理由は、いちいちチェック機関を通すと顧客に対するスピード感が足らなくなるからだという。何百人月といった大型のソフトを受託開発しているわけではないから廃止しても問題ないと判断したとのことだが、それにしても思い切ったものだと思う。

 まあITサービス会社に限らず、どんな企業でも好況の時は攻めの経営を指向し、売上重視に傾斜するのは当然で、それ自体は何の問題もない。ただ“大きなお世話”的な心配を言わせてもらうと、ITサービス業は他の産業と異なり、販売時に利益を確定させることは極めて難しい。今はよいが、再び景気の変わり目を迎えた時、売上重視から利益重視に素早く転換できなければ、再び赤字プロジェクトが続発し、いつか来た道に、なんてことになりかねない。

 ところで冒頭で紹介した経営者に、「では株主に約束した利益率向上の方は、どうやって実現するのですか」と聞いたら、「高い利益を上げられる新しいビジネスを作り出していくしかない」との答えだった。そういえば、以前「SE不足の折、やるべきことは人集めですか?」で書いたように、今はITサービス業のビジネスモデルを変える“最後のチャンス”である。規模(売上)を追うことだけでなく、変革にチャレンジする企業が多数出てきてほしいと思う。