前回,企業のあらゆる場面でデザインが発生することを認識していただきましたが,なぜデザインが経営にとって重要なのでしょうか。それは,何のために,誰のために経営を営んでいるのか,という経営者の思想によって答えが違ってくるからだと思うのです。つまり,何のために,誰のためにデザインをするのかということを考えてみる必要があります。

 自分を生かしたい,好きなことをやっていきたい,お金を儲けたい…経営者が事業を立ち上げる理由は様々です。会社経営の理由としては,どれもあっていいでしょう。しかし,お金をいただく以上,おもてなしの心がなければお客様には満足いただけません。

 「おもてなしの心」というのは,今流に言えば「ホスピタリティ」と言うのでしょうか(何でもカタカナにしてしまうのは,あまり好きではありませんが)。ホスピタリティの精神,つまり相手に喜んでいただきたい,満足していただきたいという心が企業にあり,経営者がその思想を持ち,それを表現したものがデザインであるべきなのです。

 松下幸之助氏は,1951年にアメリカ視察から帰ってきて,開口一番「これからはデザインの時代や」とおっしゃったそうです。また,本田宗一郎氏は「デザインは目で見る交響曲だ。それを一つの魅力とか美しさにまで高めるのがデザインだと思う」「デザインは人生・生活に複利を生む心のオアシス」などと,数々のデザイン思想の言葉をおっしゃっています。それらの言葉は,今読んでも全く古さを感じさせませんし,現在でもホンダという企業に生きていると思います。

 その本田宗一郎氏のもとでホンダの車のデザイン部署を率い,現在は多摩美術大学の教授である岩倉信弥氏の著書に「デザインとは,お母さんのおにぎりみたいなものではないかと考えるようになった」という言葉があります。

おにぎりというのはたいていはありあわせであろう。ご飯は、おかまの底の、今で言う電気がまの底にあるもの。コシヒカリや上等な米ではないかもしれない。梅干しも紀州産でなくても、塩は赤穂の一級品でなくても、ちょいちょいとやって握られる。それでも子供は喜ぶものなのだ。それはお母さんというのは子どもの、手の大きさ、口の大きさ、食べ方、どうやって食べるのか、どこで食べるかということを、何もかも知った上であり合わせだけれども心を込めて、固くもなく、柔らかくもなく、ちょうどいい大きさや握り方をして子どもに持たせるからである。
(岩倉信弥著『ホンダにみるデザイン・マネジメントの進化』,2003年,税務経理協会)

 子どもの食べている様や喜ぶ顔を思い浮かべながら,心を込めて握ったおにぎりのようなものがデザインであると岩倉氏は述べています。

 これこそが最高のホスピタリティであり,おもてなしの心だと思います。おもてなしとの心とは,お客様を迎えるときに使う言葉だと思っていましたが,それだけではなく,最愛の子どもに喜んでほしいというその親の心こそがおもてなし(ホスピタリティ)の心であるのだと気づかされました。

 経営を営む理由として,人のため社会のために尽くすという心を経営者が持っているならば,その心を表す手段としてデザインを経営に活用しなければならないと思うのです。

 しかし,まだまだ,そのような意識や考えが効率至上主義のために追いやられています。デザイナーの側も,「何のために,誰のためにデザインをするのか」――そのような考えを持ってデザインしている人はいったいどれくらいいるのだろうと感じています。意識の高い経営者と意識の高いデザイナーが一緒に組んだときに,デザインの機能は始めて発揮されると思います。