前回は,坂本のエピソード・・・以前の所属で,モチベーションをダウンさせてしまった彼が,私との会話の中で,自分の気持ちを吐露しながら,新しい仕事に前向きに取り込もうとするまでのプロセスを紹介しました。

 坂本は,後に非常に優秀な人材に成長していくのですが,このエピソードの後にも,関係する部門の人々との間にさまざまな問題が発生しました。私は,その都度,問題に対応しながら,少しづつ坂本にヒューマンマネジメントを教えるようにしていました。

 今回のエピソードは,前回のエピソードの直後の話です。

みんながお前のような人間ではないんだ・・・

 私と坂本,岡田の3人は,当社の営業企画部門の担当者数人と一緒に,商品供給を行うために大手販社に業務提携のアプローチをしていました。

 われわれは,IT企画チームの担当者として,販社の担当者の方への提案や,提供機能の要件交渉などを行っていました。

 われわれは開発チームに,販社に提案するシステムのラフ要件を提示し,彼・彼女らがシステム設計した結果を簡単なドキュメントで提出してもらいっていたのです。

 そして,このラフな設計案を,企画チームで加工し,企画書に仕上げ,販社へのプレゼンに使っていました。

 坂本が以前所属していたのは,この開発チームだったのです。

 当初,私の下には坂本も岡田もいなかったので,開発チームへの依頼は私が自分で行っていました。しかし,販社への提案頻度が多くなり,範囲も広くなると,私一人ではまわらなくなります。

 そこで,私の仕事を分担し,かつ,今後のために何人かを育成するつもりで部長に人の増員を依頼し,まず岡田,そして坂本が私の部下として企画チームに参加したわけです。

 岡田と坂本には,私が担当していた「開発チームに情報を渡し,すばやく設計をしてもらう」仕事をやってもらうつもりでした。しかし,岡田はともかく,坂本にこの仕事をさせるのには,多少,問題があるかなと感じていました。

 なぜなら,前回のエピソードのとおり,「坂本と開発チームのメンバーとの人間関係が悪かった」からです。

 しかし,そうも言っていられません。坂本には,どうしても,開発チームと連携してもらわなければいけないと思いました。坂本は,今は企画チームのスタッフです。そんな彼が,開発チームのエンジニアを動かすことができなければ,存在価値はないからです。

 そんな思いを持ちながら,坂本を呼んで,1週間で,ある分野のラフ設計を開発チームに作ってもらうように指示しました。そして,あえて1週間何も言わず,1週間後,坂本を呼んで,状況がどうなっているかを聞きました。

芦屋:坂本,どう? 出てきたものを見せてくれないか?

坂本:はい,これです。(資料を見せる)

芦屋:(資料を見る)なんか,いい加減な資料だな。ラフな機能設計を依頼したつもりだけど,入力画面も,出力画面もないじゃない?これじゃ,企画書に落とせないよ。先方にも持っていけないな。

坂本:そうなんです。何回かトレースしたんですけど,「これが限界」っていうんですよ。あいつら,忙しいと言って,言い訳するんです。真剣に考えないんですよ。

芦屋:そうか。でもな,忙しいっていっても,岡田の依頼したものは,もっと具体的なんだよな。

坂本:そうですか。

芦屋:なあ,坂本,君,どういう具合に依頼したのか教えてくれないか。

坂本:・・・

芦屋:ちょっと,教えてくれ。

坂本:・・・「販社に提案するから,商品販売システムの入出力機能を開発チームでラフに設計してください」っていいましたよ。

芦屋:他には?

坂本:基本的にはそれだけです。開発チームなら,あとは考えてやるべきですから。聞きたいことがあれば,聞いてくるのが普通ですから。そうすべきでしょう?

芦屋:そうか・・・なら納得だ・・・そんな言い方じゃ,仕事は進まないよ。

坂本:・・・なんでですか。

芦屋:まあ聞け・・・今後は,君も開発者からリーダーになる。人のマネジメントを学んでほしい。みんなは,君ではないよ。君は自分に厳しい。能力も高い。でも,みんな君のように厳格ではないよ。

坂本:・・・

芦屋:自分に甘く,他人に答えを求める人が多いし,自分にメリットがなければ動かない人も多い。厳しく言えば気分を害し,仕事をしてもらえば,報酬を要求する。

坂本:それは,緩い人間ですよ。そんな人は厳しく言わないと駄目ですよ。

芦屋:それで変わらなかったらどうする?いつまでも仕事が進まないし終わらない。仕事ができないならともかく,忙しくて苦しい人たちに,さらに仕事をしてもらうためには,言い方の配慮,報酬の配慮がいる。それを考えながら,人を動かしていくのがヒューマンマネジメントだよ。

坂本:・・・

芦屋:人が動かないと嘆いていては駄目だ。他人を責めるだけでは問題は解決しない。動かない人を動かすことが必要なんだよ。それが,俺たちの仕事だと思っている。坂本にも,そうやってほしいんだ。

坂本:芦屋さんが言っていることは分かります。でも,どうすれば・・・

芦屋:具体的には言い方だよ。「販社に提案するから君らの責任で考えろ」では動かない。「販社の提案に成功したいから,協力してほしい。私が責任を持って考えるから,私に教えてほしい」といえば動くんだ・・・人は,責任を持たされると怖くなる。だから,抽象的で,腰の入らない検討しか出てこない。

坂本:そうかもしれません。でも,私は駄目です。彼らとの人間関係は悪いし・・・

芦屋:そんなのわかってる。だから,その関係を変えよう。坂本が一生懸命考えれば,必ず,彼らに君の気持ちは伝わるよ。人は,自分で責任を負って仕事をしている人に感動するんだ。それを見せつづけることで,君は人を動かす力を持つんだよ。

 坂本と開発チームの関係は悪化していましたので,坂本が変わらなければ開発チームは坂本の言うことを聞かないと思いました。当然,表面的には仕事をやるでしょうが,人間関係の悪い坂本の依頼では,パフォーマンスが悪くなります。

 そこで,私は「坂本に変わってもらいたい」と思い,彼に私の考えを伝え,彼の行動を変えるように促したのです。

 この間5分くらいです。その後,私は部屋を出ていき,坂本を残しました。それ以上言っても効果はありません。坂本が自分で考えるように一人にしたのでした。

 そして,これ以降,次第に坂本の人当たりは柔らかくなっていきました。彼の厳格さは,他人ではなく「自分の責任を果たす」という部分に移っていき,それとともに,他人には丁寧に接するように変わっていったのです。

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