地球温暖化に警鐘を鳴らす話題のドキュメンタリー映画「不都合な真実」を,混雑する映画館で遅ればせながら見てきました。この映画は,元アメリカ合衆国副大統領のアル・ゴア氏が,全世界で1000回以上も続けてきた講演がもとになっています。実のところ,30年近くも地球環境問題の深刻化に怯えてきた私は,この映画を見ることを躊躇(ちゅうちょ)していました。しかし,NPO(非営利組織)法人環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんが「見れば勇気が湧く」と強く勧めてくださったのです。

 この映画への評価は,実際にご覧になってから決めていただくとして,私が注目したいのは,個人ブログを中心とした反響の大きさです。この映画が日本で全国公開されたのは,2007年1月20日。しかし,原稿を書いている2007年2月10日22時現在「不都合な真実」とGoogleで検索しますと,既に約248万件がヒットします。さらに,「不都合な真実+ブログ」で組み合わせ検索をしますと,約179万件が一覧表示されるのです。

 昨今,映画業界では,封切作品についてブログを書いてくれたら報酬を払うようなキャンペーンも行われているようです。この映画でも,こうした販促企画が行われたかどうかはわかりません。しかし,気がつけば私自身もネットでまた口頭で,親しい人たちにこの映画を勧めていたのです。なぜ,賛否両論交えながらも,この映画に関するブログコミが広がったのか。そこに今後の広報活動のヒントがあるように思えます。地球温暖化の影響なのか,雪が極端に少ない志賀高原から静かに考察してみました。

スライドで事実をわかりやすく示す講演会の力

 この「不都合な真実」という映画を見た人は,まるでゴア氏の講演会に参加しているような気分になるでしょう。地球環境問題という地味なテーマを,さらに講演会という地味な手法で伝えるドキュメンタリー映画なのです。

 しかし,動画,グラフ,テキストを組み合わせたスライドショーを駆使しながら,時にジョークも交えた講演会は,まさにプレゼンテーションのお手本のようでした。(日経パソコン「焦点」コラムに,次回は「不都合な真実に学ぶプレゼン7つの鉄則」を書こうとさえ考えています。)

 そして,スライドショーで表示される映像やデータのほとんどが,氷河や湖の消失や,平均温度の上昇といった「事実」の積み重ねなので,何よりも迫力があります。それが,自分の住む街や郷里の身近な異常気象とも重なり,「自らの体験」にも裏打ちされた話なので,さらに納得しやすくなるのかもしれません。

 今や,CGでどんな非現実もたたみかけるように再現できる映画業界にあって,人が語りかける講演会で現実について淡々と示される方が説得力を感じるのは不思議なことです。

人間ゴア氏のかくれた弱さと痛みを映画で補足

 しかし,もし私が本当に講演会に参加していたとしたら,この映画を見た時ほどゴア氏に共感はできなかったかもしれません。

 完璧に近い講演を目の当たりにして「さすが,元大統領候補。見てくれも堂々として,講演も上手で,立派な人物だ」と思って,その場で拍手こそしていたでしょう。しかし,あまりに立派すぎる人には,心から共感できないのが,私のようなひねくれ者の「悲しい性」です。自分でもできることから実践しよう,協力しようとまでは思わなかったかもしれません。

 ところが,この映画では,ゴア氏の意外な心の弱さと痛みを伝えるエピソードが,講演シーンの間にいくつか紹介されています。

 一つ目のエピソードは,息子さんが幼少の頃,ゴア氏の目の前で起きた交通事故の話です。1カ月にわたって死地をさまよう我が子に寄り添って「一番大切なものは何かを知った」とゴア氏は語ります。それが「子供たちのために美しい地球を残してあげられるか」という命題に心血を注ぐ原体験になったというのです。この言葉にできない感覚は,「子供たちに愛情を注ぎながらも人類の未来に直感的な不安を抱く親」なら,程度の差こそあれ誰しも理解できるのではないでしょうか。

 二つ目のエピソードは,十代の頃からタバコを吸っていた姉が若くして肺がんで亡くなったという話です。ゴア氏の父親はタバコ農園を営んでおり,子供の頃はタバコの収穫を手伝うのも楽しかったそうです。しかし,大人になってから「健康を害すると知りながらもタバコづくりを生業としていたこと」と,その報いなのか「愛する姉をタバコの害で失ったこと」が,大きな心の傷になったことは想像に難くありません。「手遅れになる前に英断して行動しなければ,大切なものを失ってしまうこと」を苦い実体験として胸に刻んでいるからこそ,地球環境問題でも素早い行動を起こさなくてはと思うのでしょう。

 三つ目のエピソードは,「1000回も講演しても,米国では変化の兆しが見られない」というつぶやきです。泣き言と思われても仕方がないような弱音が,自らスーツケースを持って各地を移動するシーンで流されました。

 この本音に近いつぶやきを聞いて,私はかつて見たマルチン・ルーサー・キング氏のドキュメンタリーを思い出しました。「私には夢がある」という情熱的な演説で知られるキング氏が,演説の合間に「疲れた」と側近に漏らすワンシーンです。天命を受けて歴史的な役割を果たす人物であっても弱気になることを知って,学生時代の私は逆にキング氏が身近に感じられて好きになったのです。

 こうした極めて個人的なエピソードを知って,ゴア氏がなぜ1000回も情熱的な講演を繰り返すことができるのか,少しだけわかったような気がしました。そして世界各地で拍手喝采を浴びながらも,どこか孤独な無力感を感じているような気もいたしました。だからこそ,正直に言えば映画を見る前は「好きでも嫌いでもなかった」どちらかと言えば「縁遠い感じ」がしたゴア氏を,いつしか身近に感じてしまったのでしょう。

思わず人に勧めたくなる=ブログに書きたくなる

 こうして,映画「不都合な真実」を通じて,ゴア氏の講演を聴いた人の多くは,たとえ,これまで地球環境問題に関心がなくとも「危機意識」をおぼえることでしょう。そして,ゴア氏の人柄と心根に共感したならば,エンディングで次々に表示される「今すぐできること」を見て,何か行動を起こさなくてはと感じることでしょう。

 何より,まずは「この映画を見ることを親しい人に勧めたくなる」はずです。ブロガーでしたら,映画を見た興奮が冷めやらぬうちに「ブログに書きたくなる」でしょう。現に,検索上位に並んでいる有名無名の個人ブログの大半は,この映画を見て心が動いたことを伝え,ぜひ見るように勧めているものでした。

 思えば,ブログでお勧めするエンターテインメント情報の中でも「映画ほどお勧めしやすいもの」はないのです。コンサートやお芝居のように,限られた場所で限られた回数だけ公演されるわけではありません。ですから,ブログで広く紹介した結果「自分自身のチケットが取れなくなるリスク」は限られます。多くの場合,全国で長期間上映されることが多く,いずれDVD化されてレンタル店にもならぶでしょう。入場料もレンタル料も安いので,たとえ万が一ブログ読者の好みに合わなくとも「恨まれることは少ない」はずです。

 何より,ブロガーにとってありがたいのは「映画の紹介記事は短い文章で済ませられる」ことです。結論は「良い映画だから見てください」になることが多いでしょう。かといって映画のあらすじを詳しく書くのは迷惑な話ですし,多くの場合,公式サイトにある予告編にリンクをすることが一番手っ取り早くで読者にも親切でしょう。

 これは,映画に限った話ではなさそうです。これからは,多くの人に何かメッセージを伝えたいと感じたら,「不都合な真実」に習って「心に残るドキュメンタリー映画」を製作する。その一部,ないしは全部を公式サイトで動画で無料公開する。そして,ブロガーが紹介したい気持ちに訴えかけつつ,紹介しやすい環境も同時に用意して,ブログコミを巻き起こすのが得策かもしれません。

反論や冷ややかな意見がブログで集まる相乗効果

 この映画を見終わった瞬間に,ブログに書きたいと思った一方で,様々な反論を招きやすい内容でもあるとも直感しました。

 地球温暖化そのものを疑う人。地球環境問題への対応で経済的不利益を被る人。あるいは地球環境問題への対応で経済的利益を受ける人が許せない人。アル・ゴア氏が好きでない人,あるいはゴア氏が属する団体や企業が嫌いな人。さらには同じ地球環境問題への警鐘を鳴らしながらも,ゴア氏がより目立ったことに嫉妬する人。そんな人たちが,きっとブログで反論を寄せているだろうと直感しました。

 果たして,ネットで「不都合な真実」関連のブログを検索し,そのコメントやトラックバックを読むうちに,反論や,反論の反論が渦巻いていることを知りました。これらの反論を,アル・ゴア氏や「不都合な真実」の映画関係者は,どのようにとらえているのでしょうか?

 こればかりは当人に聞いてみるしかありませんが,おそらくそんな質問を受けてもゴア氏が本音を話すことはないでしょう。想像するに,情報ハイウェイ構想の生みの親でありGoogleの上級顧問でもあるゴア氏なら,こうしたネット上の反論を,むしろ歓迎しているのではないでしょうか。

 どんな反論ブログや批判トラックバックであれ,キーワード検索した時にヒットしてネット上の存在感を示す「検索該当件数」の1つになることは変わりありません。また,公式サイトにリンクがはられるケースがほとんどでしょう。その結果,公式サイトの検索エンジン対策になる上,きっかけはともあれ誘導リンクで訪問する人が増えるはずです。

 何より,ネット上では賛否両論こそが正常な姿であり,どちらか一方に大きく偏る時,ネットワーカーはそこにプロパガンダ臭さや権力の臭いを感じるものです。むしろ,意味のある批判も,批判のための批判も甘んじて受け,共存する覚悟が重要でしょう。

 また,映画の中でも,ゴア氏が何か反論されるたびに,それを説明するための事実やデータを集めてスライドショーを充実させていくくだりがありました。わざわざブログで反論を寄せてくれる人たちは,「何が人々の理解を妨げているかを教えてくれる強力なサポーター」に見えているかもしれません。

 ネット上の反論に対するこの新しい態度は,きっとブログ炎上に怯える企業の広報担当者にとっても参考になるでしょう。

最後は,希望と具体的なNEXT TO DOで終わる

 この映画のエンディングを見ながら,たしかに飯田哲也さんがおっしゃった通り「希望と勇気」がわいてきました。

 地球環境問題は,地球温暖化ひとつとっても,私が学生の時に知った悲観的な予測通りに進んでいるようにも見えます。「不都合な真実」の中でも,その予測がくつがえされるどころか,さらに恐ろしい事実も新たに明らかになりました。

 それでも,映画を見た後に絶望的にならなかったのは,元気が出たのは,なぜでしょうか?

 その答えのひとつは,この映画が「危機意識だけをあおった作品」ではなかったからでしょう。ゴア氏の言動ひとつひとつから「現況は厳しくともまだ間に合う」という信念がにじみ出ているように見えたのです。そして,講演の最後には,「この対策を講じればこうなる」という具体的なNEXT TO DOと希望的な予測も示されるのです。

 エンディングや公式Webサイトなどで示されたNEXT TO DOを見れば,決して力を持つ政治家や企業家でなければできない対策ばかりではありません。今日から,自分ひとりではじめられるものも数多く列挙されていたのです。だからこそ,映画を見た私も,健全な危機意識を抱いた上で,まずは自分ひとりからできることを始めようと思えたのです。

 これこそが,「不都合な真実」がブログコミを広げた力の源泉なのではないでしょうか。

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 企業の経営者はもちろん,宣伝・広報担当者も,この映画とブログコミから学ぶことは大きいでしょう。

 プレゼン技術を駆使しながらも,それにはおぼれない。主人公は,あくまでも熱い思いを持つ「人」である。心をこめて語ること以上の伝達手段はない。事実やデータに勝る資料はない。

 たとえ深刻で悲観的な現況であれ,ありのままに示しながら,未来への展望と今日から一人一人が始めることを熱く伝えようとする「直球ど真ん中のメッセージ」こそ,ブロガーの心に届くことを,この映画から私も学びました。

■変更履歴
本文中で2カ所「不都合な真実」を「不機嫌な真実」と表記していました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2007/02/14 12:42]