1月20日の夜,テレビのインタビューに応じていた雪印乳業取締役の日和佐信子氏は,今回の不二家の不祥事を「彼らは5年前の雪印の一件から,同じ食品会社として,何も学習していない」と切り捨てるように発言していた。

 畑村洋太郎氏(工学院大学教授)は「失敗学」を提唱している。失敗原因を究明して,他に伝え,同じ失敗を繰り返させない。失敗学という存在は,学習するということの大事さを気付かせてくれる。

 そうした「失敗から学ぼう」という気運が盛り上がっているいまでも,「学習しない」人々や組織,それと「学習したくない」人々や組織は多数散見される。言ってみれば,それらは向上心を失ってしまった人々あるいは組織である。

 筆者が体験した「向上心を失った人々と組織」の事例を解説しよう。前回,ある通信会社のテレマーケティング組織を紹介した。今回取り上げるのは,別の通信会社におけるアウトバウンド型電話セールス組織である。

「自己の体験」からも学習できない組織

 2005年の暮れも押し詰まった頃,一通の電子メールが筆者に届いた。差出人は,ある通信会社に勤務する管理職クラスの知人である。その知人は,地方中核都市の支店で営業責任者を務めていた。「アウトバウンド型テレセールスを始めるので,あなたに指導と監督を頼みたい」。メールにはそう書かれていた。

 1990年代の半ばに「マイライン制度」が始まった時期,通信各社は,テレマーケティング会社や代理店に依頼して,膨大な量のアウトバウンド・コールを実施した。このため,自宅でくつろいでいると唐突に「電話代がお安くなるサービスのご案内です」と電話がかかってくるという事態が頻発した。教育訓練が不十分なパートタイマーをエージェントに仕立て上げ,電話番号帳に記載されてある電話番号にプレディクティブ・ダイアリング・システム(PDS)を使って自動発信していたのだ。PDSとは電話番号リストから次々に自動発信し,相手につながったコールだけをエージェントに接続する大量通話発信システムである。

 その結果,大量の苦情が通信各社に寄せられた。それでも,通信各社はマイラインの勧奨コールを止めなかった。とにもかくにも,マイライン契約を獲得したかったからだ。この「マイライン狂騒」とも呼べるアウトバウンドの乱発が,いったいどのような「澱(おり)」を社会に残したのか。識者も通信各社も,社会的な影響を検証することはなかった。

 アウトバウンド・コールは業種・業態の垣根を越えて徐々に広がっている。消費者金融の督促センター,損害保険代理店の勧誘,携帯電話や事務機器の販売が典型的な例だ。一般世帯の電話番号を掲載した「ハローページ」データの流用が個人情報保護の観点から難しくなりつつあるので,最近は事業所の電話番号帳である「タウンページ」データを入手して,中小事業所や自営業向けに商品やサービスを売り込んでいる。

 私はマイライン狂騒に始まった,アウトバウンド・コールを専門に行うコールセンターの増加は,次に挙げる三つのマイナス面を世間に残したと考えている。

 一つ目は,電話帳の番号データを「悪用」する人が数多く現れたことだ。「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」を画策する人物が出たことがその象徴だ。多数のコールセンター経験者が,実行者にいると推察できる証拠は個人的にいくつか持っている。

 二つ目は,アウトバウンド型電話セールスが簡単なのだという誤解を作り出したことだ。ある種の層は,「システムさえあれば,いくらでも電話をかけてキャッチ・セールスができる。それが金を生む」と誤認したのだ。今もその「文化」は,アウトバウンドを実施している多くのセンターでしばしば確認できる。

 最後の三つ目は,より洗練されたセールス・マネジメントへ向かわなかったことだ。マイラインのアウトバウンド経験を省みる識者や組織が皆無だったからである。筆者の見解では,マイライン狂騒で欠けていたのはプロフェッショナルな教育・訓練だった。

 日本よりも以前から遠距離通話サービスのアウトバウンド・コールを行っていたAT&Tアメリカン・トランステック(現・AT&Tソリューション・カスタマ・ケア)で,筆者はマネジャ向けトレーニングに参加したことがある。その経験から,筆者はどのような教育・訓練を行うべきなのかを十分に理解していた。筆者に言わせると,日本の教育・訓練はおしなべてお粗末である。

 そうした理由から,筆者は昔から「本格的なテレセールスの組織をじっくり時間をかけて創り出したい」と考え続けていた。話をある通信会社のことに戻すと,営業責任者からの依頼を引き受けることにしたのは,そうした志は筆者と同じだと感じたからだ。少なくとも,当時は。

 依頼を引き受け,早速筆者はコールセンター要員として集められた人材を確認すべく,ヒヤリングを始めた。驚いた。この組織に集められたのは,以前マイラインのアウトバウンドの仕事をしていたエージェント(テレコミュニケーター)やオペレーションに従事していたスーパーバイザー,マネジャー達だった。マネジャーを除くと皆,立場は派遣社員である。

まずは意識改革が欠かせない