SEは仕事上,開発計画書,提案書,システムの鳥瞰図や概要図,業務フロー,業務分担図などさまざまな資料を作る。打合わせ資料,進捗報告書やトラブル報告書などの類もある。そしてそれをお客様に提示する。そんな時,お客様から「この資料は良くまとまっているね」,「この図は上手いですね」,「凄く分りやすいです」などと言っていただけるといろいろなメリットがある。

ドキュメントは強力なコミュニケーション・ツール

 まず,お客様に「このSEはやるな!」と思っていただける。すると信頼を得やすい。新規顧客だとその瞬間に自分を売り込める。その効果は絶大である。

 次に,顧客に自分が言いたいこと,訴えたいことをより的確に伝えることができる。すると顧客との間での,勘違いや早とちりなどの誤解が大幅に減る。システムの開発範囲や要件の範囲などの打合わせでは,その効果は少なくない。

 即ち,ドキュメント力はSEにとっては強力なコミュニケーション力でもある。特にシステムという目に見えないモノを相手にしているITの世界では,図や絵を上手く使うと口頭以上のコミュニケーション効果があるものだ。また,往々にSEの中には口下手な人が多いがそんな人もドキュメンテーション力があればその弱点をカバーすることもできる。

 このように考えると,SEにとってドキュメンテーション力があるかどうかは,しっかりした仕事ができるかどうかの一つのキーである。

SEにとっての最重要課題の一つ

 だが,SEの中にはITに強ければ良いと考えているのか,「ちょっと」と思える人が少なくない。

 例えば提案書などでは,ドキュメンテーションが下手なSEが作った資料を,営業や他のSEが体裁を整えたり再編集するケースも少なくない。また筆者はユーザー時代にSEからトラブル報告書などを何回か貰ったが,技術用語で丁寧には書いてはあるが,読む方から見ると「何を言いたいのか,結論は?」などと理解に苦しんだことも結構あった。

 その他にもいろいろな資料を見たが,もっと起承転結を踏まえたメリハリのある文章が書けないのかと,当時良く思ったものだ。

 かく言う筆者も,若い時には顧客の方に理解できないと言われて恥をかいたことや,言いたいことが上手く伝わらないこともあった。そして,どうすれば上手く表現できるか,どうすれば図や絵で上手く表現できるか,どうすれば簡潔で迫力のある文章が書けるか,などと悩み勉強もした。そしていろいろな顧客で様々な経験をして,SEのドキュメンテーションの重要性を知った。

 そして、SEマネジャ時代は部下に「美しいドキュメントを作れ!」としつこく指導した。指導した事項は多々あったが,中でもドキュメントは最重点項目の一つだった。

美しい資料を作ればビジネスが伸びる

 当時筆者は,具体的に次のような点に力を入れていた(資料の作り方など一般論を書いても意味がないので第一線のSEの視点で書く)。

(1)まず,筆者は部下に“お客様が読みたくなるような資料を作れ”と要求していた。

 その理由だが,筆者は部下に次のように説明していた。

 「システム開発や導入などの時はお客様の方はSEが提示した資料は下手に書いてあっても必ず読んで下さる。そして分らなければ質問もされる。それはお客様はその資料を理解しないとプロジェクトの管理などが出来ないからだ。

 だが,提案活動では違う。特に他ベンダーのユーザーへの売り込みはそうではない。お客様は何を言っているのか分からない資料は読まれない。それは内容を理解しなくても何ら支障がない。単にベンダー選定の比較表に×をつければす済む。

 それでは我々のビジネスは伸びない。従って,SEは“お客様が読んで下さる資料”ではなく,“お客様が読みたくなるような資料”作りを心掛けることだ。そのためには日頃努力しなければならない。努力なしに,いざという時にそんな資料を作れるものではない」

 こう激を飛ばしていた。

(2)提案書は,できるだけ全件レビューすることを心がけた。

 お客様への提案書は何を訴えたいのか,分りやすいか,顧客が読みたくなりそうか,同業他社よりよくできているか,などの視点で厳しくレビューしていた。それは売込みでは提案書の優劣がビジネスの正否を大きく左右し、提案が優れていれば競合他社を一歩も二歩もリードできるからだった。

 今でも思い出すが,筆者自身はSE時代,提案システムの鳥瞰図を一枚を書くのに丸1日かかったことも何回となくあった。それは顧客のトップに,提案するシステムを一目で分っていただくためだった。事実これはかなり効果があった。

(3)図や絵を書く時は必ず,キーとなる「何を言いたいのか」という文章を書かせた。

 それは,その会議などを欠席された方が,後でその資料を見られても何を言いたいのかわかって頂くためだった。SEの中にはPowerPointで描いた図や絵だけでお客様にプレゼンするSEがいるが,そんなSEは急用で急遽欠席された顧客の方に,どうやって言いたいことを伝えるか考えた方が良い。こんな些細なことが往々にビジネスを左右するものだ。

(4)日頃ことあるごとに美しいドキュメントを作れと説いた。

 筆者は日頃SEに会議などで「ドキュメンテーションが上手いと,自分を顧客に売り込めるし,顧客との間での勘違いなどのコミュニケーション・ミスも減る。信頼も得やすい。ビジネスも上手く行く。だから勉強せよ」とよく言っていた。それはそうやって常に刺激しないと,SEは往々にしてITにばかり目が向きやすいからだった。

 その他にも

  • 文章は起承転結を踏まえて書け
  • できるだけ箇条書きで書け
  • マクロからミクロに書け
  • よりインパクトがあるように,共感や感動を呼ぶ言葉を使え
  • 図や絵を上手く使え
  • 一枚の資料でも表紙をつけろ

     などさまざまな点を指導した。

     そうしているうちにSEたちが変わっていった。当初は顧客との打合わせに表紙もつけない資料を持っていっていたSEが多かったが,段々と表紙をつけるようにもなった。またSEが図や絵などの資料を書いた時は,まわりの仲間に「これは分かる?」と聞くようになった。その他にもさまざまな変化が現れ,美しいドキュメント作りは我々のグループの一つの文化になっていった。

    一流のPMや営業はドキュメンテーションが上手い

     以上色々述べたが,筆者の目で見ると一流のPMや一流の営業はドキュメンテーションが上手い。筆者の長いSE人生で,ドキュメンテーションが下手で一流のPMや営業になった人は見たことがない。

     それは一枚の図や絵や進捗管理表で,プロジェクトの関係者である顧客やSEやパートナーなど,多くの方々に自分が考えていることを適確に知らしめることができるからであろう。そのためにSEは“たかがドキュメント”と軽視せずに日頃一枚の文章や図や絵を書くときでも,いかに上手く描くかを心がけることだ。それを5年10年と心掛けた人と,そうでない人のとの差は大きいはずだ。

     要はドキュメンテーションはSEの重要なコミュニケーション・ツールである。そのことをSEやSEマネジャの方々は改めて認識してほしい。これが今日の一言である。