デザインは情報の価値を高めます。

 どういうことかと言いますと,まず「情報とは何か」ということを定義しなければなりません。もちろん,「情報」という言葉は様々な分野で広義にわたる使われ方をしているので一言では言い表せませんが,ここでは,商品やサービスの価値に関して説明します。

 作れば売れるという時代では,商品の価値は「機能」が最重要でした。新しい機能,優れた機能を売りにして,企業は競争していました。やがて商品が一通り普及すると,機能的にはどれも同じという状態になり,差別化が必要になります。この差別化をするために「情報」がポイントになってきました。

 例えば服の場合,「暖かい」「肌触りが良い」「新素材」などは機能ですが,「楽しい」「かわいい」「美しい」「高級そう」「知的」「伝統的な物語を感じる」「あの女優が身に着けていた」などは「情報」になります。現代では,機能にお金を払う部分以上に,「情報」の価値にお金を支払うことが多くなってきたのです。

 多少値段が高くても,あるいは明らかに機能的に劣っていても,自分にとってその商品の「情報」の価値が高ければ購入するのです。その情報の価値を高めるものがデザインであり,マーケティング戦略であり,それによってイメージやストーリーが印象づけられて,モノが売れていくのです。

私は何を基準にクルマを選んだか

 私は一昨年,車を買い替えました。それまで乗っていたのはホンダのロゴで,9年も乗っていました。故障もなく,燃費も良くて乗りやすい車で,シンプルなデザインで気に入っていました。しかし,子どもが大きくなって膝がフロントシートにあたってしまい,狭くなったので買い替えることにしたのです。

 私は,あまり車にこだわりやステータスなどを感じないタイプです。乗りやすいサイズで燃費の良い車であれば何でも良かったのですが,デザインと色だけにはこだわって探しまわりました。最終的にはホンダのロゴの後継車のフィットか,日産のティーダ,フォルクスワーゲンのポロの3種類で検討することにしました。価格は同じクラスなので,あまり差はありません。

 ホンダのフィットは,色が豊富にあり,特に明るいグリーンがとても美しく,デザインもキュートで,デメキンみたいな顔が気に入りました。大きな荷室容量,燃費の良さ,その他細かい便利機能がたくさん付いていました。しかし,良い車はやはりよく売れており,車道に出ればフィットだらけという印象がありました。車にステータスを盛り込むつもりはないとは思っていても,同じ服を着ている人がたくさんいるのに抵抗あるのと似たような気分になり,購入候補から外しました。

 日産のティーダについては,うちの隣に日産の開発の人が住んでいて,さんざん話を聞いていました。かなり力を入れて開発したそうで,あの品質にあんな値段を付けているのは信じられないとのこと。確かにホームページを見ると,これでもかというほどの便利機能が満載。燃費,安全性も問題なしで,日本人の細やかさを感じました。CMもよくできており,ゴーン社長に替わってからの日産は本当にコミュニケーション・デザインのクオリティが一変したなあと思いました。しかし,私はボンネットのややいかついラインがどうしても気に入らず,やめました。

 フォルクスワーゲンのポロは,ヘッドライトが丸くてかわいいデザインです(現在はモデルチェンジしてしまい,全く違った顔になってしまいましたが…)。日本車のような便利な機能はほとんど付いておらず,これといって優れたポイントはあまり印象にありません。しかし,とにかく親しみのあるデザインが気に入りました。色も深いグリーンがとても美しく,ほぼ,これに決定かなと思いました。しかし,運転席のコックピットがとても安っぽいデザインで惜しい…。自分がいつも目にするのは外観ではなく,コックピットなので,この部分の快適性は大切です。

 3台のうちどれにしようか決めかねていたところ,フォルクスワーゲンのディーラーで,ポロの横にあったゴルフにふと興味がいきました。何気に乗ってみると,ポロとは全然乗り心地が違うのです。もう,ポロには乗れなくなってしまいました。日本車のようなデザインですが,四つ目でスマート,エアバッグが8個も付いていて堅牢制もばっちりです。しかし,ガソリンはハイオクでなければなりませんし,燃費も日本車ほど良くはありません。色も白,黒,赤,銀,青といった単純な色で,その部分の魅力が今ひとつでした。「いい車なんだけれど,色がねえ…。グリーンのモデルが出るまで,ゴルフは買いません」と何度もかかってくる営業マンからの電話に答えていました。

 ある日,営業マンが自宅に青いゴルフに乗ってやってきました。深い落ち着いた赤みを含んだブルーで,カタログで見ていた色とは全然違っていたので,びっくりです。青い車なんて20代の若い人が乗るものと思い込んでいた私は「この色なら」と思い直し,大幅に予算オーバーでしたが,結局ゴルフに決めてしまいました。

 私はゴルフに決めるまで,様々な情報を集めて検討していました。たぶん,誰でも同じようなことをすると思います。しかし,私が決断した最大の理由は,燃費や安全性といった機能ではなかったのです。むしろそういった機能以外の部分,「なんか,気に入った」とか「とても好きだ」という部分だったのです。私は,そういった様々な「情報」から得られる価値こそ,実は購買を決定させるということを身をもって感じました。

機能以外の価値を高めるのがコミュニケーション・デザイン

 商品自体のデザインはもちろん大切です。けれど,ホームページ,パンフレット,ディーラーのインテリア空間,DM,チラシ,CMなど,すべてのデザインが消費者の気持ちに触れて,静かに影響を与えていきます。それらのツールは「機能」の説明だけではなく,「機能以外の部分の価値」を高めさせる役割を持っています。この部分に,コミュニケーション・デザインのクオリティが求められるのです。

 私がゴルフに決めたもう一つの理由として,ドイツのニーダーザクセン州のヴォルフスブルクにあるフォルクスワーゲンの本社と工場を,6年前に見学していたことも挙げられます。そのときの美しい工場の景色,建築,ポスター,ショールームなどは,いまだに忘れられません。目にするすべてのものに関してハイクオリティーなデザインが施されていたのです。さらに言えば,大学でフォルクスワーゲンの広告について学んだ経験もあり,私の潜在意識の中にこの会社のイメージが入り込んでいたことも大きな理由でしょう。

 しかし,それこそが,コミュニケーション・デザインなのです。