前回,私はCRMアプリを使えば不正行為が防げると述べた。ただし当然のことながら,CRMアプリを導入しても,何が不正行為か,内部統制の観点から何が問題なのか,そもそもそのCRMアプリは何のために導入するのかを明確にしないと,何もかも見過ごされてしまう。ましてや営業部門はその活動に「可視性」が乏しいからだ。

 筆者が実際に体験した,あるCRMプロジェクトを紹介したい。多くの企業が抱えている,CRMプロジェクトの諸問題を内包していた。端的に言うと,チェンジ・マネジメントの不在,そして内部統制の不在である。

従来型営業部門が関心を抱かなかったプロジェクト

 話は1990年代の半ばまでさかのぼる。ある電気通信分野の大手企業で,営業組織の改革プロジェクトが始まった。当時としては非常に革新的な内容で,営業組織を顧客の取引規模で再編成する,というものだった。

 改革の内容をもう少し具体的に説明しよう。本社の営業部門は,大企業や上場企業を顧客とする。支社の営業部門は,支社管轄区域内の中堅企業や新興企業を顧客とする。そして中小企業や個人の顧客は,支社に開設されるテレマーケティング部門が担うというものである。

 この改革の骨子は,「IMC(Integrated Marketing Communication)」の考え方に通じるものがある。IMCは米国発のコンセプトで,私は1990年代前半に知った。当時私はテレマーケティングのコンサルティングをする際,あらゆるクライアントにこの重要性を説いていた。

 プロジェクトの目玉は,中小企業や個人顧客にはテレマーケティングで対応することだった。テレマーケティングは営業担当者の訪問を伴わない。移動時間の無駄が省けるため,1日あたりのコンタクト(接触)数を多くできる。訪問営業の場合,1日あたりのコンタクト数は4~6件程度だが,テレマーケティングの場合40~60件は可能だ。それに小規模な商談の場合,商談内容は複雑ではない。電話,ファクシミリ,郵便,電子メールなどで対応が可能だ。

 実際,この販売方法は,デルの1990年代の成長を支えていた。当時ブリティッシュ・テレコム(現BT)でも,TAM(Telephone Account Management)プロジェクトとして書籍に紹介されていた。米Siebel SystemsはBTの小売部門にCRMアプリの納入商談を成約させたと雑誌広告で紹介していた。また,米IBMがコンタクト・センターを開設して,そこでかなりの商談を獲得していたという話が出回っていた。プロジェクトを計画した人々は,このテレマーケティング部門は成功するだろうと期待していた。経営陣は設備投資,要員の確保,教育訓練計画といった一連の必要経費をすべて承認した。

 IT面でも余念がなかった。CRMアプリの導入はもちろん,かなり専門的な統計学の知識とマーケティングの知識を必要とする統計分析ソフト(今風に言うとビジネス・インテリジェンス・ツールだろうか)も導入した。当時としてはかなり高度な装備だった。予算が潤沢だったこともあるが,本社の経営企画部門が計画を立案し,要件もかなり精密に書きつづった。CRMアプリの機能は,かなり先駆的なものになった。

 私はCRMアプリから得られるデータを統計分析ソフトでどのように扱えば良いか,そこからどんな顧客動向が読み取れるかといったことを集合研修で教えた。それに留まらず,テレマーケティング部門の現場を訪ねて顧客対応の方法などを指導した。

 立ち上げた当時は,このテレマーケティング部門が組織内で孤立して,仕事を失い,次第に消え去りつつある事態に遭遇するようになるとは,想像だにしなかった。

営業組織の関心のなさが原因